床板一枚ぶんの領地
ユリウスが辺境でもらった家には、寝台の前に大きな穴があった。
一見すると床板がある。だが踏めば、腐った板ごと地下へ落ちる。元勇者一行の荷物持ちだったユリウスには、それがよく分かった。誰がどこへ足を置くか、何がどれだけの重さに耐えるか。それを考え続けた十年だったからだ。
魔王を倒したあと、勇者たちは勲章をもらった。ユリウスには「戦っていない者への褒賞」として、捨てられた農地と廃屋が与えられた。
悪くない、と彼は思った。
今日直すのは、穴一つだけ。
勇者たちは旅の間、危険な足場を彼に先に踏ませた。「荷物持ちは丈夫だから」と笑いながら。だからユリウスは、最初に自分が踏む場所こそ安全でなければならないと思った。今度の一歩は、誰かのための試し踏みではない。
腐った板を剥がすと、湿った土の匂いが上がった。梁まで傷んでいたので、裏庭に倒れていた楡を切り、必要な長さへ揃える。《軽量化》を掛ければ丸太も片手で運べる。かつては仲間の剣や鎧を軽くするだけの「補助技能」と笑われた力が、今は誰にも命令されず、自分の家を支えている。
切り口へ油を塗り、湿気が戻らないよう炭粉を薄く擦り込む。板の裏には、小さく日付を刻んだ。英雄譚には記されなかった彼の仕事を、せめてこの家だけは覚えていられるように。
新しい梁を渡し、厚板を三枚並べる。最後の釘を打つと、床は低く、確かな音を返した。
ユリウスは何度もその上を歩いた。右足、左足。軋まない。沈まない。寝台から暖炉まで、夜中でも落ちずに歩ける。
鍋では燕麦が牛乳を吸い、ぽこぽこと膨らんでいた。蜂蜜を一匙落とすと、甘い湯気が立つ。
窓から白い鷹が入り、勇者の紋章付きの手紙を落とした。表には大きく、『至急。遠征荷の編成に失敗。戻れ』とある。
ユリウスは手紙を拾い、寝台の下へ置いた。返事は明日でもできる。できなくても構わない。
裸足になり、新しい床板へ足を載せる。木の温度が、土踏まずへゆっくり伝わった。
世界を救った道のりより短い、寝台から食卓までの数歩。
その一枚ぶんが、今日から確かに彼の領地だった。