庭の紫陽花
沙月は、雨が降ると祖母の庭を見に行く。
空き家になって半年。家具はほとんど片づけたが、紫陽花だけは誰かが水をやらなくても季節を知り、今年も咲いた。
薄青、紫、白。祖母は土へ鉄の釘を埋めると花の色が変わると言っていた。沙月には本当かどうか分からない。
縁側の戸を開けると、畳は冷え、押入れから樟脳の匂いがした。雨樋の一部が詰まり、庭石へ水が勢いよく落ちている。
沙月は長靴で庭へ下り、落ち葉を取り除いた。泥水が手袋へ染みた途端、雨樋の水は細い流れに戻った。
隣家の庭から、同年代の女性が顔を出した。祖母とよく話していた深雪だった。
「今年もきれいね」
「手入れしてないのに」
「おばあちゃん、咲いたら一輪ずつ仏壇へくれたの」
沙月は初めて聞いた。祖母は花を切るのが嫌いで、家には飾らない人だった。
二人で濡れた紫陽花を眺めた。深雪が温かい麦茶を持ってきてくれる。湯呑みから香ばしい湯気が立ち、冷えた指が緩んだ。
帰る前、沙月は白い一輪を切り、深雪へ渡した。残りは庭に置いておく。
数日後、晴れた日にまた来ると、花は少し色を変えていた。釘のせいか、雨のせいかは分からない。
縁側へ腰掛け、祖母が使っていた急須で茶を淹れる。乾いた庭にも土の匂いが残っていた。沙月は庭を売る相談を、もう少しだけ先へ延ばすことにした。
その夏、沙月は月に二度、庭の風を通しに来た。深雪と縁側で麦茶を飲み、紫陽花が褪せていくのを眺める。花が終わると剪定の位置を教わった。鋏を入れた枝から青い匂いが立つ。売却の書類は引き出しにしまったままだ。秋になったら決めようと思い、秋には春まで待とうと思う。誰も住まない家でも、雨の日には庭が呼吸し、畳へ湿った光を映していた。
冬、花のない枝へ雨が降った。沙月は縁側からそれを眺め、麦茶の代わりに熱い番茶を飲む。何も咲いていない庭にも、次の色を待つ土の匂いがあった。