影縫い
坑道の出口まで十歩という場所で、ノマイの影が立ち止まった。
本人は進んでいるのに、松明に伸びた黒い輪郭だけが岩壁へ爪を立て、首を逆向きに回している。やがて影の口が裂け、ノマイの踵が透け始めた。影が完全に離れれば、残る身体も夜明けに消える。
ウィセルは縫い針を抜いた。銀の糸を通すと、針穴から小さな悲鳴がした。
影縫いの規則は一つ。影へ刺した針は、縫う者の肉も同じだけ通る。
「九針で留まる」ウィセルは言った。
「九回、おまえに穴が開く」
「数えられるなら平気だ」
一針目を影の足首へ刺す。針は石を通ったはずなのに、ウィセルの左足首から血が噴いた。糸を結ぶと、影の片足がノマイへ戻る。
二針、三針。脛と膝に穴が開き、歩けなくなった。ウィセルは這って影を追った。
四針目は腹。五針目は肩。六針目で右手が動かなくなる。ノマイは何度も止めろと言ったが、その声も薄くなっていた。影に舌を奪われている。
七針目を喉へ通すと、ウィセルは声を失った。助けを呼ぼうとしても、口から出るのは糸が擦れる音だけだった。ノマイは自分の外套を裂いて彼の傷を塞いだが、穴は影へ続いていて布では止まらない。松明の火が弱まるたび、ウィセルの皮膚の下を黒いものが出口を探して移動した。
八針目は額だった。視界の半分が黒く沈む。それでも影は胸だけ離れたまま、獣のように脈打っていた。
最後の一針を心臓へ打てば留まる。針は縫い手の心臓も通る。
ノマイが首を振る。ウィセルは声の代わりに笑い、針を振り上げた。
銀が影の胸を貫いた。同時に自分の胸へ冷たい穴が開く。糸を引き、結び目を作る。影は悲鳴を上げて縮み、ノマイの足元へぴたりと戻った。
「ウィセル!」
抱き起こされた彼の胸には傷がなかった。ただ、穴の形をした闇が皮膚の内側で回っている。
坑道を出ると朝日が射した。ノマイの影は一つ、人の形で伸びた。
ウィセルの足元には何もなかった。
その代わり、胸の闇が肋骨を押し開き、陽の当たらない内側から、九本の黒い指をゆっくり伸ばしていた。