忘れ洗い
離婚後も、女性は元夫の服を捨てられなかった。
家にはシャツが三枚、古い作業着、片方だけの靴下。
子どもは、
「もういない人の物でしょう」
と言った。
近所の洗濯店で、「忘れ洗い」の粉を勧められた。
一着洗うごとに、その服の持ち主との記憶が一つ消える。
最初は、別れ話の夜を消した。
白いシャツを洗うと、元夫が何を怒鳴ったか思い出せなくなった。
次に、浮気を疑った日のこと。
次に、署名した離婚届。
胸が軽くなった。
女性は残りの服も洗った。
ところが、子どもの運動会を思い出そうとして、父親がどこにいたか分からない。
初めて歩いた日。
熱を出した夜。
どの記憶にも元夫がいたため、一緒に薄くなっていた。
子どもが幼い写真を見せた。
「これ、誰が撮ったの」
女性には答えられない。
「お父さんだよ」
子どもの声が硬くなる。
「嫌いでも、いたでしょう」
最後に残ったのは片方の靴下だった。
元夫が子どもの入院中、三日間履き替えず病院へいたときの物。
臭いと笑い、二人で新しい靴下を買った記憶がある。
女性は洗濯機へ入れた。
蓋を閉じ、すぐに取り出した。
消したい夫と、子どもの父は同じ人だった。
悪かった時間だけを洗い流し、必要だった場面だけ残すことはできない。
女性は元夫へ連絡した。
復縁したいのではない。
子どもの写真に日付と場所を書いてほしいと頼んだ。
元夫は箱いっぱいの写真を持ってきた。
二人は同じ日のことを違って覚えていた。
楽しかった旅行も、女性には喧嘩の記憶があり、元夫には子どもの寝顔しかない。
記憶は元から、二人の間で同じ形ではなかった。
子どもも加わり、写真の裏へ三人それぞれの一行を書いた。
「父が道を間違えた」
「母が怒った」
「私は車で寝てた」
女性が忘れた部分は戻らない。
元夫の言葉を借りても、自分の記憶にはならない。
それでも子どもの過去を、欠けたまま三人で持つことはできた。
片方の靴下は捨てた。
洗わず、袋へ入れず、普通のごみとして。
忘れないためではない。
記憶を物へ閉じ込めず、必要なとき人へ聞くことにしたからだ。