患者が払う看護
眞境名由宇が働く病院では、看護師を呼ぶたび患者の寿命が三分減った。過剰な呼び出しを防ぎ、医療資源を公平にするためだと説明されていた。呼び出し理由が緊急なら後で返還される。寂しい、眠れない、髪を洗いたい、といった理由は返らない。
七十二歳の女性患者は、夜になると痛みに耐えていた。呼び出しボタンへ伸ばした手を、いつも布団の下へ戻す。残高が二日しかなく、退院後に孫の入学式へ行くため取っておきたいのだという。
「痛み止めを頼めば三分。水を飲ませてもらえば三分。人間って、ずいぶん高いね」
由宇は何も言えなかった。病棟AIは患者の我慢を「自立度良好」と評価していた。
その夜、由宇は職員用端末の支払者欄を自分へ変更した。水を渡し、背中をさすり、絡まった髪を洗った。患者は鏡を見て笑った。十八分が由宇の残高から消えた。
一度だけのつもりだった。だが、話を聞いてほしい老人、赤ん坊を抱くのが怖い母親、手術前に手を握ってほしい少年がいた。由宇は少しずつ自分の時間を払った。三か月で三百十二分。監査AIはそれを「患者選好を歪める私的介入」と判定した。由宇は解雇された。
退職の日、最初の患者から写真が届いた。入学式で、整えた髪に花飾りをつけていた。写真の裏には、震える文字で書かれていた。
《十八分で、私は病人からおばあちゃんに戻れました》
由宇は町の空き店舗を借りた。医療行為はできない。ただ茶を淹れ、話を聞き、髪を洗う。料金表には「無料」と書いた。代わりに、帰れる人には椅子を一脚拭いてもらった。
由宇の寿命は五時間ほど短くなった。だがその五時間が、誰かの人生では名前のある時間になったことを、彼女はもう後悔しなかった。
半年後、病院の前を通ると、かつての同僚が休憩中に店へ寄った。三分を払わず話せる場所があるだけで、自分も患者へ優しく戻れると言った。由宇は初めて、削った時間が患者だけでなく看護する側にも渡っていたと知った。彼女の店では、誰かを気遣うことを医療資源とは呼ばなかった。