拍手が刃になった初演
王立歌劇場の新作初演で、歌姫の最初の高音が客席の窓をすべて砕いた。
硝子片が貴族席へ降り、観客は椅子の下へ潜る。舞台上では照明晶が連鎖して割れ、反響した歌声が刃のように幕を裂いた。歌姫は喉を押さえたまま、何が起きたのか分からず立ち尽くした。
支配人オルザンは楽団を怒鳴った。
「音量を抑えろ!」
「この曲は昨日まで同じ声量で稽古していました!」
違うのは、結界師アニエラがいないことだけだった。
彼女は舞台と客席の間へ何層もの柔らかな結界を張り、強すぎる音圧だけを天井へ逃がしていた。歌を小さくする術ではない。囁きは最後列まで通し、耳を壊す波だけを吸う。だが結界が目に見えないため、オルザンは「本番中に立っているだけ」と契約を切った。
初演は第一曲で中止。返金を求める観客の怒声が、今度は割れた劇場へ直接響いた。
一方、アニエラは河岸の小劇団で、子どもたちに囲まれていた。団長サビエが、板張りの狭い舞台から最後列へ声を投げる。
「聞こえるかい?」
「聞こえる!」
客席の子どもが笑う。隣では眠った赤子が起きない。アニエラの結界が、台詞だけを客席へ運び、足音や舞台装置の軋みを包んでいた。
「高価な拡声晶なしで、この古小屋が本物の劇場になった」
「役者の息遣いを消したくなかったので、結界を薄くしました」
「あなたを裏方とは呼ばない。次の公演から、名前を主演と同じ大きさで刷るよ」
その場で出来たばかりのポスターへ、アニエラの名が加えられた。
夜、王立歌劇場の支配人が自ら訪れた。額には硝子で切った布が巻かれている。
「戻れ。初演をやり直す。今度は舞台袖に椅子も用意する」
アニエラは新しいポスターを掲げたまま答えた。
オルザンは椅子を用意することを、最大の譲歩だと思っているらしい。だが小劇団では、アニエラの名前がポスターに載るだけではなかった。役者たちは声量の癖を伝え、舞台係は装置の音を相談し、彼女の結界も一つの演技として稽古に組み込んだ。子どもたちは割れた窓の噂など知らず、次の公演で竜の咆哮を聞かせてとせがんでいる。アニエラは、守るだけの裏方ではなく、舞台を一緒に作る者として笑った。
「王立歌劇場との契約は、昨日で終了しています」