拍手の再生ボタン

演劇部の部室で、蓬莱寺悠悟が「終幕」と言うと、神崎美琴が舞台袖のスピーカーを鳴らした。

拍手が起きた。百人分の、均一で、誰も息をしない拍手だった。

「寂しいから止めて」と牧原志穂。

「客席ゼロよりいいだろ」と悠悟。

三人が上演するはずだった芝居は、劇場費を払えず中止になった。脚本を書いた悠悟は、上演しないまま創作をやめる。四月から家電量販店の販売員になるという。

「次の脚本は?」と美琴。

「ない」

「売り場の休憩中に書ける」

「書けるかどうかじゃなく、書かないって決めた」

机の隅には、第一幕で使う古い呼び鈴がある。鳴らすたび美琴が台詞を忘れ、志穂が袖から靴音で合図したものだ。悠悟は一度だけ鈴を鳴らし、「開演五分前」と言った。誰も準備を始めなかった。始めれば、本当に上演できる気がしてしまう。

美琴は小劇団の養成所へ行く。「私は、客が二人でも舞台に立つ」

志穂はイベント会社で舞台進行をする。「私は、時間どおり幕を上げる」

悠悟は笑った。「俺だけ、客席に降りるみたいだ」

「客席だって必要」と志穂。

「でも俺、たぶん観にも来ない」

美琴は台本を開き、上演されなかった最後の台詞を読んだ。

「『別れるとは、相手がいない場所でも、その人向けの声を出すことだ』」

「そんな台詞、書いたっけ」

「昨日、私が足した」

「勝手に改稿するな」

三人は笑った。悠悟はその笑いを聞き終えるまで、録音の拍手を止めなかった。

消灯前、志穂は小道具を箱へ詰め、美琴は稽古着を持ち帰った。悠悟だけが台本を中央の椅子へ置く。

志穂は小道具箱のラベルを剥がし、〈次回公演〉と書かれた欄だけ残した。美琴が消そうとすると、悠悟が止める。『俺の次じゃなくても、誰かの次はある』。その言葉が脚本めいて聞こえ、悠悟は自分で嫌そうな顔をした。

三人が退出したあと、接触不良のスピーカーから拍手がもう一度、途切れ途切れに流れた。台本を載せた椅子だけが舞台の中央に残り、その前には誰も座らない客席が暗く並んでいた。