拝啓_夏休みの水やり係へ
拝啓、夏休みの水やり係へ
あなたの名前を、私は知りません。
十八年前、私は小学六年生でした。
町の花壇には、卒業する私たちが植えたヒマワリが並んでいました。けれど夏休みに入ると、私は水やり当番を忘れました。
母が家を出たばかりで、父と二人の暮らしは毎日が慌ただしかったのです。花壇のことなど、頭から消えていました。
八月の終わり、枯れた花を見る覚悟で通りかかると、ヒマワリは私の背丈を越えて咲いていました。
根元には、古い二リットルボトルが一本。
側面に油性ペンで書かれていました。
〈朝六時。土が乾いていたら一杯〉
学校へ尋ねても、町内会へ聞いても、誰が水をやったか分かりませんでした。
私は、当番を忘れたことを誰にも言えませんでした。
卒業式の日、ヒマワリから取れた種が全員へ配られました。私はその袋を、長いあいだ開けられませんでした。自分には受け取る資格がないと思ったからです。
十年後、父が亡くなり、実家を片づけていると、机から種の袋が出てきました。
父の字で、裏に一行ありました。
〈忘れてしまった日にも、誰かが続きをしてくれた。次はおまえがすればいい〉
父が水をやったのかと思いました。
けれど近所の人に聞くと、父は朝が苦手で、六時には一度も起きなかったそうです。
結局、あなたが誰かは分かりません。
私は今、同じ町で働いています。
この夏、通勤途中の花壇で土が乾いているのを見つけました。管理する人も、当番表もありませんでした。
駅の水道で空きボトルを満たし、一杯だけ注ぎました。
翌日は、隣の株へ。
三日目には、すでに誰かが水をやっていました。
ボトルの側面へ、あの日と同じ言葉を書きました。
〈朝六時。土が乾いていたら一杯〉
そして下へ、小さく足しました。
〈できない日は、そのままで。誰かが続きをします〉
拝啓、夏休みの水やり係へ。
あなたは、当番を忘れた子どもを叱らず、花だけを枯らさないでくれました。
その親切のおかげで私は、失敗した人間にも、続きを引き受ける未来があると知りました。
十八年遅れですが、今朝、一杯ぶん返しました。