拝啓_点数を聞かなかった君へ
拝啓、点数を聞かなかった君へ
蒔田志門へ。
同窓会の案内に、あなたが海外勤務で欠席すると書いてあったので、この手紙を預けます。
高校二年の冬、私は定期試験で学年最下位になりました。
父の店が倒産し、夜は倉庫で荷札を貼る手伝いをしていました。授業中に眠り、宿題を出さず、先生からは「やる気がない」と言われました。
あなたは、点数を聞きませんでした。
放課後、駅の待合室で参考書を開き、こう言いました。
「今日は、どの問題を一緒に倒す?」
私は「全部」と答えました。
あなたは笑わず、一問だけ選びました。
教え方は上手ではありませんでした。説明が長く、自分でも途中で分からなくなり、二人で答えを間違えたこともあります。
でもあなたは、私が眠そうな日は十五分で切り上げました。
夕食を食べていない日は、勉強より先に肉まんを半分くれました。
試験が返ってきても、何点だったか尋ねず、「前より読めた問題はあった?」と聞きました。
一度、私は「かわいそうだから教えるの」と尋ねました。
あなたは本気で首をかしげました。
「友達が困ってるから。一問くらいなら、隣に座れる」
その答えが、どんな公式より長く残りました。
三学期、私は四十二点を取りました。
赤点ぎりぎりでしたが、答案を見て泣きました。あなたは「四十二点で泣く人、初めて見た」と言い、自分も泣いていました。
あのとき救われたのは、進級できたことだけではありません。
点数の低い私を、価値の低い人間として扱わない友達がいたことです。
今、私は夜間中学で数学を教えています。
仕事をしながら学ぶ人、長く学校へ通えなかった人、日本語を覚えながら計算する人。教室には、点数だけでは測れない事情が座っています。
昨日、一人の生徒が白紙の小テストを机へ伏せました。
私は点数を聞きませんでした。
「今日は、どの問題を一緒に倒しますか」
そう尋ねると、その人は顔を上げました。
あなたが忘れている小さな親切は、二十年以上たっても授業の中で使われています。
教えてもらった公式の多くは忘れました。
でも、分からない人の隣へ座る方法だけは、今も覚えています。
小糸坂乃映