拝啓_靴を返してくれた人へ
拝啓、靴を返してくれた人へ
あなたの名前を知りません。
十六年前、私は町の寺で行われた就職説明会に参加しました。会場が本堂だったため、百人近い学生が玄関で靴を脱ぎました。
説明会が終わるころ、雨が降り始めました。
皆が一斉に帰ろうとして、玄関は混乱しました。革靴は似たものばかり。踏まれ、押され、左右が離れ、私は自分の靴を見つけられませんでした。
その日は、父の葬儀から二週間後でした。
家業を継ぐつもりだった私は、突然進路を失い、誰にも相談できないまま説明会へ来ていました。靴一足すら見つけられない自分が情けなくなり、玄関の隅で動けなくなりました。
そこへ、紺色のセーターを着た人がしゃがみました。
あなたは散らばった靴を一足ずつそろえ、かかとの傷や紐の結び方を見比べていました。
「これ、あなたのでは?」
差し出された靴は、父が就職祝いに買ってくれたものでした。まだ一度しか履いていませんでした。
私は礼を言いながら、なぜ皆の靴まで並べるのか尋ねました。
あなたは答えました。
「次の人が、自分の足で帰れるように」
その言葉を、私はずっと覚えています。
あの日、私は靴を履き、説明会で知った小さな出版社へ応募しました。父の仕事とは違う道でしたが、自分の足で選びました。
今は図書館で、就職や進学に悩む若者の相談を受けています。
面談室は畳なので、入口に靴が並びます。相談を終えた人が帰ったあと、私は必ずその靴を出口へ向けます。
決断を急かすことはできません。
正しい道を代わりに選ぶこともできません。
ただ、帰るときに少し履きやすくしておくことならできます。
先月、一人の高校生が面談後、ほかの利用者の靴をそろえていました。
「次の人が困るから」
そう言って、あなたと同じようにしゃがんでいました。
拝啓、靴を返してくれた人へ。
あなたが並べたのは、百人分の革靴だけではありません。
進む方向をなくしていた一人の足元に、もう一度、帰って考えるための一足を置いてくれました。
名前も知らない親切は、今も別の玄関で、次の人の靴を外へ向けています。