採用枠は一席
最終面接では、面接官と応募者の合計より一脚多く椅子を置く。
余分な椅子は《借りた実績》の席である。応募者は職務経歴書の中から、自分一人の成果ではない項目を一つ選び、関わった不在者の名前と資料を座面へ置く。面接官はその椅子へ一問だけ質問できる。椅子がきしんだ場合、その実績は評価から除外される。応募者が代わりに答えてはいけない。
鏡味は、三人の面接官の前で、空いている一脚を見た。
職務経歴書の一行目には《決済システムの処理速度を四割改善》とある。実装したのは前職の同僚だった。障害が起きた夜、鏡味は責任者の前で黙り、同僚だけが契約を切られた。後日、改善実績は鏡味の評価になった。
会社が倒産してから、二十八社に応募した。家賃の猶予は今月まで。面接用の革靴は踵が剥がれ、駅の売店で買った接着剤の匂いがまだした。受付で歩くたび、小さく粘る音がして、余分な椅子だけがそれに合わせてきしんだ。ここで実績を失えば、話せることは半分になる。
鏡味は同僚の名前を書き、当時のソースを入れたUSBメモリを椅子へ置いた。
面接官が尋ねた。
「この改善を、最初に提案したのは誰ですか」
椅子が大きくきしんだ。
面接官は経歴書の一行へ黒い線を引いた。鏡味は規則どおり黙っていたが、次の質問で、自分から障害の夜のことを話した。誰も求めていない説明だった。沈黙したこと、同僚の成果を訂正しなかったこと、十八か月連絡していないこと。最後に届いたメッセージは《コードは消していい。でも、俺が書いたことまで消すな》だった。鏡味は返信欄を開いたまま、会社の端末を返却していた。
「採用枠は一席です」と人事が言った。
鏡味は、不採用の意味だと思って頭を下げた。
ロビーへ出ると、受付係から透明な袋を渡された。中には来客証が二枚入っている。一枚は鏡味の名前に赤い取消線。もう一枚には、置いてきた同僚の名前と《最終面接・本日》の文字が印刷されていた。
振り返ると、《借りた実績》の椅子が受付前まで来ていた。座面には会社の銀色のノートパソコンがあり、資産管理ラベルには同僚の名前が刻まれている。二枚の来客証を留めた一つのクリップだけが、椅子の揺れに合わせて小さく鳴っていた。