接舷百日、離脱零時
【世代船アルカ/接舷一日目】
補給船団セレネと接続。
交換期間、百日。
植物技師セリナ・ヴォーク、機関士アグレス・ティアンと共同作業開始。
二つの船は別の恒星を目指していた。
航路が重なる百日間だけ接舷し、水、種子、部品を交換する。
一度離れれば、再会の予定はない。
セリナは乾いた種を百年眠らせる方法を研究し、アグレスは壊れた空調を音だけで見分けた。
最初の一週間は、培養土の湿度を巡って喧嘩した。
「水が多い」
「あなたの船が乾燥しすぎ」
「機械は正直だ」
「植物も正直です。枯れて抗議します」
二十日目、二人で育てた豆が芽を出した。
三十一日目、展望管で初めて手をつないだ。
四十日目、恋人になった。
期限は最初から知っていた。
セリナがセレネへ移れば、アルカには種子庫を管理できる者がいなくなる。
アグレスがアルカへ移れば、セレネの生命維持炉は次の故障で止まる。
代わりを育てるには数年かかる。
二人の恋のために、どちらかの船の千人を危険へさらすことはできなかった。
【接舷八十二日目】
アグレス:
「百日目のあとも通信はできる」
セリナ:
「最初は一秒、次は一分、最後は何年遅れになる?」
アグレス:
「届くならいい」
セリナ:
「届く返事を待つ人生にしたくない」
二人は、離脱後は私信を送らないと決めた。
愛が足りないからではない。
相手の航路を、いつ届くか分からない言葉で後ろへ引かないためだった。
【接舷九十九日目】
豆に最初の花が咲く。
種ができる前に、船は離れる。
セリナは苗を二つに分けた。
根を切れば枯れる可能性が高い。
それでも別々の鉢へ植えた。
「僕らみたいだ」
アグレスが言う。
「植物に失礼です」
「君らしい」
【接舷百日目/離脱三分前】
二人は接続管の中央で抱き合った。
船体の向こうから、離脱警報が振動として伝わる。
「次の星で幸せに」
「命令?」
「整備要領です」
「遵守できるか不明」
「努力してください」
隔壁が閉じる。
硝子越しに、二人はそれぞれの船へ戻った。
零時、接舷解除。
アルカは青い恒星へ。
セレネは赤い恒星へ。
通信画面の距離表示が増え続けた。
セリナは送信欄へ〈好きです〉と打ち、消した。
同じ頃、アグレスも同じ三文字を消した。
数か月後、分けた豆は両方の船で実をつけた。
種子台帳には、同じ系統名が登録された。
〈接舷百日種〉
二人の名は書かれなかった。
けれど異なる恒星へ向かう二隻の船で、同じ花が咲いた。
期間限定の恋は終わった。
その恋が一緒に育てた命だけが、再会を約束せず、別々の未来へ増えていった。