撮らない花束
柊木柚葉は、花を束ねる前に撮影場所を考えるようになっていた。
小さな花店の店長になり、店の広報も任されている。朝の入荷、注文品、閉店後の余り花。何を見ても、背景、光、投稿文の順に頭へ浮かぶ。反応のよかった色合わせは記録し、売れ残った花は「長く楽しむコツ」という題で動画にした。
好きで始めた発信だった。けれどフォロワーが増えるほど、店の外でも花が仕事になった。道端の金木犀を見れば撮影し、旅行先の花瓶には店の宣伝文を添えた。きれいだと思うより早く、使えると思うようになった。
母の日が終わった月曜、柚葉は開店前の作業台で動けなくなった。床には切った茎、バケツには半端な花が残っている。注文はない。投稿用の企画を考える日だったが、何色を合わせても、画面の中で見たことのある花束にしか見えなかった。
柚葉は白いスプレー菊を三本取り、薄紫のスターチスを足した。売り物にするには小さく、撮影するには地味だった。輪ゴムで留め、茶色い紙を巻く。
いつもの癖でスマートフォンを持ち上げた。窓際なら朝の光が入る。花束を斜めに置き、はさみを添えれば、作業途中らしい写真になる。
画面の中の花は、整っていた。
柚葉はシャッターを押さず、カメラを閉じた。
投稿しなければ、この組み合わせは誰にも届かない。店の役にも立たない。写真に残らなければ、明日には菊が少し開き、スターチスの先が乾くだけだ。
それでも花束を自宅用の瓶へ挿した。値札も説明カードもつけなかった。
店を開けると、午前中は客が二人だけだった。売上は伸びず、広報の仕事も残っている。柚葉は回復した気分にはならなかった。空いた時間に何をすればいいか分からず、レジの下を何度も拭いた。
以前なら、その時間で投稿文を三案作った。花言葉を調べ、季節の話題を足し、反応が少なければ写真の明るさを変えた。何もしない数分は、店を怠けさせているようだった。柚葉は何度も瓶へ目をやったが、スマートフォンには触れなかった。
昼過ぎ、スターチスの小さな花が一つ、作業台へ落ちた。
柚葉は拾わなかった。写真にも撮らなかった。
誰にも見られない紫色が、閉店までそこにあった。