故人の同意
葬儀会社の顧客名簿売却会議で、宇賀神風花はコールセンターの新人として、遺族一万二千八百世帯の「生活支援情報」を確認していた。買い手は相続不動産の仲介会社。葬儀後すぐに空き家売却や遺品整理を案内する計画だった。
経営企画室長は、全件で本人同意を得たと説明した。契約書には「故人または契約者の同意済み」とあり、売却額は一億五千万円だった。
風花は同意書の署名時刻を並べ替えた。三百十二件が、死亡届の日時より後に署名されている。
室長は、遺族が代理で同意したのだと答えた。
しかし署名欄の名義は故人本人。電子サインも、葬儀申込書に押された認印画像を切り抜いて貼ったものだった。一件を拡大すると、印影の横に申込書の罫線まで残っている。
風花は、父を亡くしたばかりの契約者から受けた電話記録を再生した。「不動産会社から、葬儀社しか知らない携帯へ連絡が来た。誰が教えたのか」。その問い合わせは売却会議の一週間前だった。
室長は試験提供だと言った。
「契約前のサンプルで、百件だけだ」
風花は買い手の受領証を示した。件数は一万二千八百。受領印の時刻は昨夜午後八時十四分。サンプルではない。しかも三百十二件の偽造同意も全て含まれていた。
コールセンター長は、会社の新規事業を潰せば雇用に響くと風花を制した。
「亡くなった人は撤回の電話をかけられません。だから生きている私たちが確認するんです」
買い手の営業記録では、三百十二世帯のうち七十四世帯へ既に電話がかけられていた。最短は火葬の翌朝七時五十分。遺族からの苦情を「感情的な拒否」と分類する欄まである。風花は、その分類表にも室長の承認印が押されていることを示した。
買い手の営業順リストでは、葬儀費用と自宅評価額から遺族が順位付けされていた。最上位には、死亡日の翌朝に署名したことにされた故人の住所がある。弔意ではなく、喪失直後の判断力まで商品にしていた。
葬儀会社の社長は売却契約書から実印を離した。故人の名で作られた三百十二の署名が、一億五千万円の決裁に同意しなかった。