日曜だけ空白
駅前カフェの閉店まで、あと十三分だった。
瀬戸小春の手帳では、第二日曜だけがいつも空白だった。映画も美容院も友人との約束も入れない。久保田蓮司から昼前に〈暇?〉と届けば、偶然を装って会うためだ。古本市を歩き、川沿いのベンチで遅い昼食を取り、夕方になると次の約束をせずに別れた。
その習慣が八か月続いた夜、蓮司は転勤を告げた。来週から札幌。引っ越し便は明後日の朝だった。
「今度の日曜、最後に会える?」
「たまたま空いてたら」
小春はストローの袋を細く折った。
前の恋人とは、毎週日曜に同じスーパーへ行き、同じ鍋で夕食を作った。三年後に別れたとき、日曜だけが一週間の穴になった。朝のテレビ番組も、特売のチラシも、鍋の底に残った一人分の具も、日曜だけは別れを思い出させた。何をしても「本来なら二人でいた時間」になり、半年ほど外へ出られなかった。それ以来、誰とも定例の約束を作らない。習慣にならなければ、失っても傷は浅いと思っていた。
「毎回、本当に偶然だった?」
「たまたま空いてたの」
「俺、小春が土曜の誘いを断ってるの知ってた」
共通の友人が話したらしい。小春は視線を逸らした。店員がラストオーダーを告げ、蓮司の乗る空港バスまで二十分を切った。
「札幌から急に連絡しても、空いてる?」
「分からない」
「じゃあ、予定にしていい?」
予定という言葉だけで、胸の奥が固くなる。決めた日が来なくなること、決めた人がいなくなることを、小春はまだ怖がっていた。
蓮司は返事を待たず、紙ナプキンに〈第二日曜 十二時〉と書いた。
「嫌になったら消して。俺は入れておく」
空港バスの発車案内が鳴る。蓮司が席を立ったあと、小春はスマートフォンのカレンダーを開いた。翌月の第二日曜を押し、〈昼ごはん〉と入力する。繰り返し設定を毎月に変え、蓮司へ共有した。
「たまたま空いてたんじゃない。空けてた」
送信直後、蓮司の画面が光った。彼は店の扉を出る前に立ち止まり、予定を〈承諾〉した。小春の手帳に、初めて怖くない空白がなくなった。