昇進祝いの給仕係

矢代央路の部長昇進祝いは、義母の圭子が仕切った。

会場は義父・俊章の家。沙月は朝から二十人分の料理を作り、客が来れば玄関で靴をそろえた。央路の同僚たちが席を勧めても、圭子は笑って遮る。

「嫁は裏方でいいの。央路をここまで育てたのは私ですもの」

央路もグラスを掲げた。

「母さんには頭が上がりません。沙月、次の皿」

沙月は最後の皿を置くと、エプロンを外した。

「昇進祝いを一つ、用意しました」

玄関から入ってきたのは花屋ではなく、弁護士と裁判所の執行官だった。央路の笑顔が凍る。沙月は客たちへ一礼し、食卓の端に封筒を三つ並べた。

結婚後、央路が資格取得に使った学費、海外研修費、スーツ代は、ほぼ全額が沙月の預金から出ていた。圭子が「家族への投資」と言って持ち出した金は、俊章宅の改装や高級車にも流れている。央路は返すと約束し、毎年、残高確認書へ署名していた。

圭子が声を荒らげた。

「夫を支えるのは妻の義務でしょう!」

弁護士が資料を開く。

「支援と無断流用は別です。貸付金一千八百万円、名義を冒用して契約した改装ローン六百二十万円、長年の経済的支配と侮辱に対する慰謝料九百万円。休業損害を含め、請求総額は三千七百万円です」

央路は周囲を見回した。

「夫婦げんかを会社の人の前でするなよ。母さんに謝れば済むだろ」

沙月は一枚のメールを示した。送信者は央路だった。

《沙月の金は結婚した時点で俺の金。親孝行に使って何が悪い。逆らうなら仕事を辞めさせる》

同僚たちはグラスを置いた。

俊章が執行官へ怒鳴る。

「ここは私の家だ。出ていけ!」

執行官は登記簿と決定書を見比べた。

「この不動産および車両について、処分禁止の仮差押えを執行します」

同時に央路の携帯が鳴った。会社の人事部からだった。裁判所より、給与と将来の退職金債権に対する保全命令が届いたという。

圭子が息子の袖をつかむ。

「央路、何とかしなさい」

沙月は空いていた上座へ初めて腰を下ろし、三人の前に請求書を向けた。