明るい子の席
灘本千鶴の娘・絃葉は、学校で最も幸福な児童だった。
教室の天井には感情採点AIがあり、子どもの幸福度を毎分測った。学級平均が高いほど教員の評価が上がり、遠足や給食の予算も増える。絃葉はいつも九十点台で、窓際の「明るい子の席」に座らされた。
保護者会で担任は言った。
「絃葉さんは、みんなの気持ちを引き上げてくれます」
千鶴は誇らしかった。家でも、娘が笑うと端末の花が開く設定にした。朝は明るい音楽を流し、食卓では今日の楽しみを三つ言わせた。
ある夜、絃葉が布団の中で尋ねた。
「家では、幸福じゃなくてもいい?」
千鶴は意味が分からなかった。
絃葉は学校で、点数を下げない笑い方を覚えていた。嫌なことを言われたら歯を見せる。泣きそうなら舌を上あごへ押しつける。友達が休めば、自分が二人分笑う。低得点の子は相談室へ連れていかれ、クラスの予算を減らしたと陰で責められるからだった。
「一度、悲しい顔をすると、戻すのが大変なの」
千鶴は家庭用端末の電源を切った。
翌朝、学校へも測定停止を申し入れた。校長は、絃葉だけ外せば「協調性欠如」と記録されると説明した。千鶴は保護者会で話したが、多くの親は遠足がなくなることを心配した。
それでも、三人の親が賛同した。次の週には七人、その次には十五人。子どもたちは順番にセンサーを覆う帽子をかぶった。
学級の幸福平均は急落した。遠足は近所の公園へ変更され、給食のデザートも減った。子どもたちは最初、帽子の子を責めた。それでも一人が「今日は悲しい」と言うと、別の一人も手を挙げた。担任は処分されかけたが、初めて本当の悩みを聞けるようになったと言って、帽子を取らなかった。
絃葉は明るい子の席から、廊下側の普通の席へ移った。
その晩、家で牛乳をこぼし、声を上げて泣いた。千鶴は拭き方も励まし方も考えず、ただ抱いた。
暗い画面には花が一つも咲かなかった。
千鶴は、娘がようやく点数ではなく、自分の足で家へ帰ってきたと思った。