晴天につき廃業
三月最後の日、空には雲が一つもなかった。
西園晴登は、学生会館の倉庫から透明傘を一本ずつ運び出した。傘の柄には〈カサカリ〉の青いシール。駅、図書館、食堂に貸出箱を置き、アプリで借りて別の場所へ返せる仕組みだった。
「晴れの日に片付けるの、皮肉だね」
広瀬渚沙が言う。
「雨だったら借りる人が来る」
荒巻連司は折れた傘を分別しながら答えた。
「もうアプリ止まってるけど」
梅雨には一日三百回使われた。夏の終わりには、千本の傘のうち六百本が戻らなかった。戻った四百本の半分は骨が曲がり、広告主は「管理が悪い」と契約を切った。善意を前提にした事業なのに、三人は最後には利用者の位置情報ばかり見ていた。返却されない傘の赤い点が地図に増えるたび、渚沙は催促通知を送り、連司は追跡精度を上げ、晴登は「利用率が伸びています」と投資家へ報告した。紛失も利用のうちに数えたグラフは、最後まで右肩上がりだった。
「連司、気象会社だったよね」
「予報配信。雨が降る前に通知する側」
「傘を貸すより先に帰れって?」
「その方が盗まれない」
渚沙は市役所の道路管理課へ行く。
「放置傘を撤去する仕事になるかも」
「自分で増やして、自分で片付けるのか」
「四年間の長い実習」
二人が晴登を見る。彼は起業を続けると言っていたはずだった。
「営業会社に入る。傘とは関係ない」
「諦めるんだ」と渚沙。
「諦めるって、続けられる人の言葉だろ。借金の返済日は雨でも来る」
連司が一本だけ新品に近い傘を見つけた。三人で最初に買い、撮影に使った見本品だった。開くと、内側に油性ペンで三人の署名がある。
「これは誰が持つ?」
「晴登が代表」
「代表はもう終わった」
「じゃんけん?」
誰も手を出さなかった。
回収業者のトラックが来た。透明傘は束ねられ、晴れた空の下で次々に積まれていく。最後に見本品だけが傘立てへ残った。
三人が倉庫を出ると、自動ドアの脇に〈返却はこちら〉の箱があった。中は空だった。晴登は見本品を差し込んだ。返却音は鳴らず、青いシールだけが午後の日差しを反射した。