曲がれないソファ
戸祭紗季は、午後の最後に三人掛けのソファを新築マンションへ届けることになった。購入者は今夜、両親を招くという。玄関には料理の匂いが漂い、空いたリビングだけが客を待っていた。
エレベーターには入った。だが十二階の廊下から玄関へ曲がれない。背もたれが壁に当たり、肘掛けが防火扉の枠につかえた。販売店の担当者は電話口で言った。
「ベランダから吊り上げれば入るはずです。今日中でお願いします」
紗季は窓の外を見た。風が強く、地上では植栽が横に揺れている。吊り上げは別の人員と許可が要る。その場の勢いで選べる方法ではない。
彼女はソファをいったん共用部の養生の上へ戻し、搬入経路を逆に歩いた。問題は玄関の幅ではなく、曲がる前にソファの長さを逃がす空間がないことだった。購入者が恐縮して靴箱を空けようとするのを止め、紗季はソファの底布をめくった。
脚の奥に、同じ色の樹脂栓が四つある。栓を外すと、肘掛けを固定するボルトが現れた。説明書には完成品とあったが、工場では左右を後付けしている。工具を傷防止の布で包み、肘掛けを外す。幅が十七センチ減ると、ソファは立てたまま廊下の角を抜けた。
新人は「最初から分解できると知ってたんですか」と聞いた。
紗季は外した栓を数えた。
「知らないから、吊る前に作った順番を探すの」
リビングで組み直し、脚のがたつきと縫い目を確認した。購入者が時計を見る。両親が来る十分前だった。
購入者は壁に傷がついても構わないと念書を書こうとした。紗季は受け取らなかった。傷を許してもらえば、通らない物が通るわけではない。彼女は外した肘掛けの左右をテープで区別し、ボルトを小袋へ入れた。急いだ分解ほど、組み直すときに部品を迷子にする。
署名をもらった瞬間、端末に翌朝便が追加された。今度は大理石のテーブルで、図面には「階段のみ」とある。紗季は余った養生を畳まず、新人に一枚多く積むよう言った。次の搬入経路は、今夜のうちに写真で届くことになっていた。