最後の朝を保存しない

 人の最期を立体記録として保存できる時代、母は自分の看取りを録画しないでほしいと言った。

「あとで会いたくなるかもしれない」

 娘は反対した。

「記録の中なら、声も体温も残せる」

「それは私じゃなくて、止まった私でしょう」

 母は自宅の窓辺で、酸素装置を使いながら答えた。

「あなたが何度も最後の日へ戻るのが嫌なの」

 娘は納得できなかった。

 父の最期は記録されていない。忙しい病院で、娘が着く前に亡くなった。その後何年も、「最後に何を言ったのか」「自分を待っていたのか」と考え続けた。

「残さなかったから、今も後悔してる」

「だから私まで保存するの?」

「同じ後悔をしたくない」

「同じ別れは二つないよ」

 母は記録装置を娘の手から取り、電源を切った。

 最後の朝、母はほとんど話せなかった。

 窓の外では雨が降り、台所で息子が珈琲を焦がし、孫が泣いていた。娘は装置を起動したい衝動を何度もこらえた。

「お母さん、私がいるの分かる?」

 母は目を開けなかった。

 娘は答えを求めるのをやめ、手を握った。

 父の最期に間に合わなかったこと。

 母へ強く当たったこと。

 子どものころ、雨の日だけ一緒に眠ったこと。

 返事はなかった。

 昼前、母の呼吸が止まった。娘は反射的に装置へ手を伸ばし、途中で止めた。その手を息子が握り、孫も上から重ねた。

 誰も時刻を読み上げなかった。

 数か月後、娘は記録装置の空のフォルダを開いた。そこには何もない。

 代わりに家族へ尋ねた。

「最後の朝、何を覚えてる?」

 息子は焦げた珈琲の匂い。

 孫は窓を流れた雨粒。

 娘は、母の手が最後まで温かかったこと。

 同じ部屋にいたのに、三人の記憶は違った。

「保存してたら、一つの映像が正解になってたね」

 息子が言った。

 娘は空のフォルダを削除した。

 忘れることは怖い。

 けれど、細部が消えても、そばにいた事実まで消えるわけではない。

 母の最後の朝は再生できない。

 その代わり、家族が語るたび、少しずつ形を変えながら、生きている時間の中へ戻ってきた。