月面基地は納屋の奥

【第一回月面探査・夏休み一日目】

 祖母の家の納屋を、私といとこは月面基地にした。

 段ボール箱が操縦席。梅干しの瓶が酸素タンク。祖母の麦わら帽子は宇宙服のヘルメットだった。

「月では喧嘩禁止」

「地球でも禁止にすれば?」

「それは無理」

 私たちは毎年、夏休みになると基地へ集合した。町に住む私と、山の向こうに住むいとこが会えるのは、その二週間だけだった。

【第三回月面探査】

 任務は、縁側までアイスを溶かさず運ぶこと。

 失敗。二本とも半分溶けたので、祖母を隊員に加えて三人で食べた。

【第五回月面探査】

 いとこの両親が離婚し、遠い町へ引っ越すことになった。

「来年は来られないかも」

 基地の中で聞いたとき、私は泣かなかった。宇宙飛行士は任務中に泣かない決まりだった。

「会えなかったら、月で待ち合わせしよう」

「月まで何年かかる?」

「大人になれば行ける」

 私たちは航海日誌を二冊に分け、一冊ずつ持った。

 それから十七年、月へは行けなかった。

 年賀状は途中で途切れ、電話番号も変わった。祖母から互いの近況を聞くだけになった。

 古い家を手放すことになり、最後の片づけへ行くと、納屋から声がした。

「地球人、立入禁止」

 振り向くと、いとこがいた。昔より背が高く、笑うと前歯の横が少しへこむところだけ同じだった。

「月で待ってたのに」

「ここが月だろ」

 段ボールの操縦席は潰れていた。梅干しの瓶は空だった。それでも梁には、子どもの字で〈月面基地〉と残っていた。

 私たちはそれぞれの航海日誌を出した。

 私の本には、会えなかった夏の出来事が書いてあった。初めて自転車に乗ったこと。受験に落ちたこと。結婚したこと。

 いとこの本にも、知らなかった十七年があった。

 最後のページには、同じ文章があった。

〈次の夏こそ、基地へ帰る〉

 祖母は、私たちが送った近況をすべて聞いていたのに、再会を急かさなかった。

「子どもの約束は、自分たちで守るものだからね」

 縁側でそう言って、溶けかけたアイスを三本出した。

 家を手放す前に、基地の札だけ外した。

 いとこの車には子どもが一人、私の車にも一人いる。

 翌年の夏、二つの家族でキャンプ場へ集まり、テントの入口に札を掛けた。

〈月面基地・第二地点〉

 新しい隊員たちは、地球でも喧嘩禁止という規則を勝手に加えた。

 私といとこは顔を見合わせた。

「それは無理」

 同時に答え、十七年ぶん笑った。