木曜日の空き家

祖母が施設へ移ってから、古い平屋は空き家になった。

水城文乃は月に一度、窓を開けに通っていた。けれど今月、仏壇の引き出しに入れていた合鍵がなくなっている。持ち出せたのは、片づけを手伝った従兄の蓮見晴臣、家財の相談に来た叔母の小枝、査定で室内を見た不動産屋の館林くらいだった。

盗む理由のある品は何もない。むしろ家の中は、先月より整っていた。

文乃は三つのことに気づいた。洗面所に祖母の好きな柚子石けんの匂いが残っている。台所の古いカレンダーで、木曜日だけが小さく丸で囲まれている。そして炊飯器の内蓋に、乾ききっていない米粒が一つついていた。

文乃は施設の祖母へ電話した。「鍵、誰かに渡した?」と訊くと、祖母は少し間を置き、「家は黙ってても寂しがるからねえ」とだけ答えた。その言い方が、犯人をかばう子どものようだった。

次の木曜、文乃は庭の金木犀の陰で待った。

午前十時、晴臣が自転車でやってきた。前籠には大根と油揚げ。彼は当然のように合鍵で戸を開け、窓を一枚ずつ押し上げた。

「やっぱり、晴臣くんだった」

声をかけると、晴臣は大根を落としかけた。

施設の祖母から頼まれ、毎週木曜に家を「呼吸させて」いたのだという。水を流し、畳を拭き、柱時計を巻き、祖母が戻ったときすぐ食べられるよう煮物の練習もしていた。止まっていたはずの時計が十一時を打つと、空き家の中に久しぶりの生活の音が広がった。

「文乃、ここへ来ると帰り道で泣くって叔母さんに言ってたろ。だから、俺がやればいいかなって」

合鍵を黙って持ち出したのは、頼めば文乃が「自分でやる」と言うと分かっていたからだった。

「おばあちゃん、戻れるか分からないのに」

「分からないから、戻れる家にしとくんだよ」

鍋では、少し煮崩れた南瓜が甘い匂いを立てていた。二人で仏壇の前に小皿を置き、残りを縁側で食べた。

文乃は箸で一切れ割った。祖母の味より醤油が薄い。

それでも一口飲み込み、笑った。

「来週は、私も木曜に来る」