未来の消印
卒業式のあと、担任は段ボール箱を教卓に置いた。
「一年生のときに書いた、卒業する自分への手紙だ」
教室が一斉にざわめいた。颯太はすっかり忘れていた。封筒には三年前の字で「未来の俺へ」とある。角がつぶれ、裏には学校のゴム印が押されていた。
隣の萌香も封を切った。数行読んだ途端、机に突っ伏して笑い始めた。
「何書いた?」
「絶対見せない」
「じゃあ俺も見せない」
そう言いながら、颯太は自分の手紙を開いた。
――町を出ていますか。
――まだ臆病ですか。
――萌香に、ちゃんと好きだと言えましたか。
三行目で手が止まった。
三年前、確かに好きだった。けれど二年の夏、萌香には恋人ができた。冬に別れたらしいが、颯太はもう告白しようとは思わなかった。四月から彼は東京の専門学校へ行き、萌香は町の洋菓子店で働く。
過去の自分は、未来が一つしかないと思っていた。
「颯太、顔赤い」
「教室が暑い」
「三月だよ」
萌香が自分の封筒を差し出した。
「交換しない?」
「絶対見せないって」
「今、気が変わった」
颯太も観念して渡した。
萌香の手紙には、丸い字でこう書かれていた。
――十八歳の私へ。
――ケーキ屋さんになっていますか。
――町を出たいなんて言っている颯太を、笑って送り出せる人になっていますか。
――好きだと言われても、ついていかないでください。
――でも、言われなかったら少し怒ってください。
二人はしばらく黙った。
窓の外では、後輩たちが校門に紙吹雪をまいていた。廊下から、写真撮ろう、と誰かが叫ぶ。
「三年前の私、面倒くさいね」と萌香が言った。
「俺も」
「で、言わないの?」
「言ったら怒る?」
「言わなかったら、三年前の私が怒る」
颯太は手紙を丁寧に畳んだ。
「好きだった」
「過去形?」
「未来形にすると、困らせるから」
「それ、現在形から逃げてる」
萌香は笑った。泣きそうな笑い方だった。
担任が、余った学校印を教卓に置いて帰っていった。颯太はそれを借り、互いの封筒の表へもう一度押した。
赤い円の中に、今日の日付。
「何してるの?」
「消印。ここから先は別便」
萌香も印を押し返した。
「じゃあ、届いたら返事する」
二通の手紙は、同じ教室を出て、違う町へ向かうことになった。けれど封筒には、確かに同じ日の消印が残った。