来年の神輿
損害保険会社の調査員、浦部貴文は、尾代市の「逆担ぎ祭」で起きた物損事故を確認しに来た。二十七歳。仕事柄、現場は必ず写真に残す。
当日は小雨で、濡れた漆と担ぎ手の汗が混じった匂いが通りに満ちていた。沿道の住民は最後の一基が来ると、スマホも防犯カメラも一斉に布で覆った。
祭りの保存会から届いたメールには、注意が一行あった。
《後ろ向きに担がれる神輿を撮影してはいけない》
聞き取りでは、逆向きの一基は『まだ起きていない不幸』を先に町外へ運ぶものらしい。事故車の所有者は、損傷した夜には祭りへ来ていないと主張した。しかしドライブレコーダーには、来年の日付と、空の神輿を担ぐ自分の姿が残っていた。貴文は機器の誤設定だと判断していた。
普通の神輿は正面へ進むが、最後の一基だけは担ぎ手が背を向け、山から町へ後退してくる。事故車両はその進路脇にあった。貴文は車体の傷を撮りながら、神輿が近づくのを待った。
証拠写真に祭りの状況も入れた方が説明しやすい。禁止は迷信だと思い、一度だけシャッターを押した。
撮影直後、神輿の鈴が止まった。担ぎ手たちは後ろ向きのまま首だけを回し、貴文を見た。全員、黒い布で顔を覆っている。中央の神輿には遺影が飾られ、白い作業着姿の貴文が写っていた。
次の瞬間には鈴が鳴り、遺影も消えた。写真を確認すると、暗い道路とぶれた提灯しか映っていない。貴文は疲労のせいだと結論づけ、報告書を提出した。
報告書の添付一覧にも、撮った覚えのない『死亡事故・撮影者本人』という項目が一行増えていた。
一年も経たない翌月、写真アプリが思い出通知を出した。
《一年前の今日:尾代市》
撮影日は今日から十一か月先になっていた。画像には、来年の日付が入った祭りの横断幕と、逆向きに進む神輿が鮮明に写っている。
担ぎ手の一人は貴文だった。肩に神輿を載せ、カメラへ顔を向けている。神輿の上には、今度こそ消えない貴文の遺影。その下に小さな札がある。
《撮影者交代》
削除を押すと、アプリは確認せず画像を「お気に入り」へ移した。
そして、いつもの予定提案が表示された。
《来年の今日、「逆担ぎ祭」へ出発します。アラームを設定しました》