機械が眠った時刻

相良奏は航空部品会社の試験棟で、座席ベルト金具の引張試験を担当する派遣社員だった。旅客機メーカーへの初回納入承認会議で、彼女は試験記録の説明役に指名された。

規格荷重は二十二キロニュートン。提出資料では二十三・六まで耐え、破断なし。営業本部長の児玉は、五年契約の署名を急がせていた。

奏が実際に見た金具は、二十・八で亀裂が走った。

報告書には「再試験、午後四時三分、合格」とある。児玉は初回品の取り付け不良だと説明した。

奏は試験機の主電源ログを示した。設備は午後三時五十八分に停止し、保守員が鍵を持ち帰っている。午後四時三分、機械は眠っていた。

「端末時計がずれていた」と児玉は言った。

試験機の時計は航空機メーカーの時刻サーバーへ毎分同期する。ずれは最大〇・〇二秒。しかも合格曲線のファイル名は、別製品の試験番号を一桁だけ変えたものだった。

奏は亀裂写真を机へ置いた。右下には自動撮影時刻、午後三時五十七分四十二秒。報告書に貼られた合格写真では、その時刻部分だけが切り取られている。

派遣会社の担当者が後ろから袖を引いた。問題を起こせば次の契約はない。奏はそれでも、試験担当者欄の電子署名を開いた。署名者は奏本人になっていたが、署名時刻は彼女が入館証を返却した午後五時十二分。端末へのログインは児玉の管理者IDだった。

「私の名前で、眠った機械を動かさないでください」

航空機メーカーの担当者は、亀裂が表面だけなら磨けば使えるのではと尋ねた。奏は断面解析を示した。亀裂は金具厚の四割まで進み、繰返し荷重では二百三十回で破断する。報告書には二万回耐久済みとあるが、その試験番号も別製品から転記されていた。

会議机の金具には、亀裂を示す赤い染色液がまだ筋になって残っていた。

航空機メーカーの品質役員が契約書のページを戻した。児玉が押そうとしていた代表印の影が紙から外れ、五年分の納入決裁は午後四時三分の手前で止まった。