欠けた額縁の内側

冬木鞠絵は、鳩時計写真館へ古い額入り肖像を運び込んだ。写っているのは、二十代の母だった。家業の貸衣装店を継いだ日の記念写真で、濃紺のスーツを着て、笑わずに立っている。

母が亡くなって半年、親族は当然のように鞠絵が店を継ぐと思っていた。鞠絵自身も、そう返事をしてきた。けれど本当は、服を貸すより作りたかった。夜ごと小さなブランドの図案を描き、物件サイトで六畳のアトリエを眺めては閉じた。

肖像の木枠は左上が欠け、ガラスにも一本ひびがある。鞠絵は「同じように直してください」と頼んだ。

店主は背面の留め金を外し、写真と台紙をそっと取り出した。空になった額を窓際へ立てる。壁の色、時計の振り子、店主の白い袖が、四角い内側を通って見えた。

それまで額は、母を囲うものだと思っていた。中身がなくなると、向こう側を選んで切り取る道具にも見えた。

店主は欠けた角に木粉を詰めかけ、手を止めた。修復見本として、完全に塗りつぶした小片と、欠けを残して補強した小片をカウンターへ並べる。言葉では勧めず、注文票の〈復元〉〈補強〉の間に鉛筆を置いた。

鞠絵は、母の写真を見た。店を継いだ日の母は、嬉しそうにも犠牲者にも見えない。ただ、自分で決めた人の顔をしていた。鞠絵が同じ店を選ぶことと、母を大切にすることは、同じではない。

「欠けたところは残して、崩れないようにしてください」

店主は〈補強〉へ丸をつけた。新しいガラスを入れる前に、写真の周囲へ少し広い余白を作る。以前より母の姿が小さくなり、そのぶん額の内側に空気が入った。

会計後、店主は額を包まず、角だけ厚紙で守り、持ち手をつけた。鞠絵が歩くあいだも、中央から母の顔と、その周りの余白が見える。

店先で、鞠絵は親族のグループチャットを開いた。長い説明はしなかった。

〈貸衣装店は継ぎません。整理は最後まで私がします。来月から、自分の服を作る部屋を借ります〉

送信したあと、物件サイトの保存欄から六畳の部屋を選び、内見を申し込んだ。

欠けた額は軽くなっていない。それでも、抱える向きを自分で決められた。