次の議案

蒔田紗英は、父・宗矩の在宅介護をしながら家族経営の精密機器会社で働いた。昼は経理、夜は吸引と体位交換。父が眠ったあとには工場へ戻り、不良率の原因を現場の職人と一つずつ潰した。兄の武留は専務の名刺だけを持ち、取引先とのゴルフを「経営」と呼んだ。社員の名前を覚えないまま、創業家という言葉だけは好んで使った。

父が亡くなると、武留は役員会議室の社長席へ座った。

「長男の俺が株を継ぐ。紗英は介護で十分恩を売っただろ。退職金くらい出してやる」

彼はすでに社員へ社長就任メールを送り、父の実印で銀行へ代表者変更届まで提出していた。紗英が承認していない設備売却契約も結び、その手付金を自分の口座へ移している。

株主総会の日、武留は親族の委任状を束にして得意げに掲げた。父の遺産にある株式は四十パーセント。叔母たちの分を合わせれば、自分が過半数だという計算だった。

顧問司法書士が議決権一覧を配った。

宗矩は三年前、介護と経営を担う紗英へ段階的に株式を贈与し、納税も済ませていた。紗英の持株は五十一パーセント。父の遺産に残った株は、後継者の支配を揺らさない無議決権株へ転換されている。武留が集めた委任状を全部足しても、社長を選ぶ一票にはならない。

「そんな話は聞いてない!」

「株主名簿は毎年送っています。専務として受領印もあります」

監査役が別の資料を開いた。武留が設備売却の手付金を移した口座、架空の接待費、会社名義で買った別荘。総額は、彼が相続する無議決権株の評価額を上回っていた。

武留は紗英をにらんだ。

「身内の失敗だろ。社長になったら返す」

紗英は初めて社長席へ座り、父が使っていた木槌を手にした。

「父の介護中、あなたは私に『会社は情で回らない』と言いました。正しいと思います」

議長役の弁護士が議案書を読み上げる。第一号議案、代表取締役に蒔田紗英を選任する件。賛成多数で可決。

武留が立ち上がるより先に、紗英は木槌を鳴らした。

「続いて第二号議案。武留元専務に対する解任、および損害賠償請求の決議に入ります」