歩く安全地帯

鳥越ミヒロは炎狼の群れを斬り払いながら、赤い少女の手を引いた。

《安全地帯》

敵の攻撃とログアウト制限を無効化します。

現在、安全地帯の外です。

「宿へ戻れ!」

仲間は北門の宿屋を指した。だが宿はとっくに焼け落ち、青かった床表示も消えている。ログアウト不能になってから、世界中の安全地帯が一つずつ失われていた。

赤い外套の少女は、開始村でいつも迷子になっているNPCだ。戦闘能力はなく、名前もない。なのに炎狼は彼女ばかり狙う。

ミヒロは少女を抱えて路地へ飛び込んだ。そこで一瞬、足元の床が青く光った。

《安全地帯に入りました》

《LOG OUT:使用可能》

驚いて立ち止まると、少女が先へ走り、青い光も一緒に移動した。ミヒロがその場に残ると、表示は赤へ戻る。

安全地帯は場所ではない。

少女の首から下がる札に、小さな説明があった。

《避難誘導NPC》

接続者の半径五メートルを保護領域とする。

避難者がいない場合、最寄りの危険地点へ移動する。

誰も少女を接続者だと思わなかった。NPCだから。だが札にはプレイヤーともNPCとも書かれていない。

「この子が、安全地帯そのものだ!」

ミヒロは仲間へ叫んだ。皆が少女の周囲へ集まり、炎狼を防ぎながら南門へ進む。少女は逃げるのではなく、孤立した者のいる方向へ何度も曲がった。そのたび人が増え、青い円が街路をゆっくり移動する。

最後に炎狼の王が道を塞いだ。倒す時間はない。ミヒロたちは武器を外側へ向け、少女を中心に円陣を組んだ。青い領域へ爪が触れた瞬間、炎狼は攻撃判定を失い、ただの黒い犬へ戻った。

少女が南門を越える。そこは世界の端ではなく、白い病院の廊下へ続いていた。赤い外套が看護師の制服に変わる。

青い円の中へ入った者のログアウトボタンは点灯したが、誰もすぐには押さなかった。円の外に一人でも残っていれば、少女はそこへ戻ろうとする。全員が帰るには、最も遅い一人の歩幅へ合わせる必要があった。

《全接続者を可動安全地帯へ収容しました》

《ログアウト不能措置を解除します》

《避難誘導NPCの正体を表示――現実世界から接続された救命スタッフ》