歩数計の外の三百歩
日曜の午後三時四十分、真壁なずなの歩数は、百八十六歩だった。
スマートフォンの健康アプリには、昨日まで二十一日続いた緑色の輪が並んでいる。今日はまだ細い灰色の線だけ。午前中に三十分の動画を見ながら運動し、そのあと川沿いを歩く予定だった。スポーツウェアも水筒も、昨夜から椅子に置いてある。
少しだけ昼寝をするつもりが、四時間半眠った。起き上がると、首の後ろが汗で冷え、空腹なのか気持ち悪いのか分からなかった。
アプリは〈あと五千八百十四歩で目標達成〉と知らせてきた。数字は命令ではない。それでも、二十一日分の自分が画面の向こうから、今日だけ怠けた自分を見ている気がした。
運動着へ着替えれば、まだ間に合う。夕方の散歩を長くすれば輪は閉じる。なずなはブラトップを手に取ったが、ゴムの締めつけを想像しただけで、もう疲れた。
冷蔵庫には麦茶が少ししかない。部屋着のまま財布を持ち、アパートの前の自動販売機へ出た。廊下の空気はぬるく、階段の踊り場に西日がたまっていた。
炭酸水を一本買う。硬貨が落ちる音のあと、歩数計は二百九十七歩になった。帰りに郵便受けをのぞき、広告を二枚捨てた。遠回りはしなかった。
部屋で炭酸水を開けると、泡が喉の奥を痛いほど通った。健康アプリをもう一度開き、目標を達成するための提案を閉じる。連続記録は今日で切れる。
なずなは落ち込む代わりに、メモ欄へ〈よく寝た。飲み物を買いに出た〉と書いた。歩数には入らない寝返りも、回復に使った時間も、アプリには数えられない。
週間グラフでは、今日の棒だけが隣の日より短かった。なずなは手入力で運動時間を足す方法を知っていたが、使わなかった。数字を整えれば安心できるかもしれない。けれど、休んだ日にまで達成した形を作ると、身体から届いた眠気をなかったことにするように思えた。
三百歩にも届かなかったけれど、外の空気には触れた。輪の閉じない日曜日を、そのまま記録に残した。