段ボールの宛名は灯台守

砥上佳苗の職場へ、私物の宅配便が届いた。受取先を自宅から変更したまま忘れていたのだ。

会議中だった佳苗に代わり、総務が箱を設計室まで運んだ。段ボールには本名ではなく、ファンアカウントの名が大きく印字されている。

〈灯台守さま 星冠劇団・城塞模型材料一式〉

佳苗は建築事務所で模型を担当している。休日には「灯台守」として、推している舞台のセットを掌サイズで再現し、制作過程を投稿していた。顔も職業も伏せていたが、精密さで知られ、同業者からもたびたび引用されている。

箱を抱えて立ち尽くす佳苗の背後で、所長が「ああ」と声を上げた。

「この城、君だったのか」

所長のタブレットには、「灯台守」の投稿が保存されていた。次のコンペの参考資料として、若手が共有したらしい。

佳苗は、趣味で会社の技術を使ったと思われることが怖かった。材料も道具も自費で、作業は自宅だけだと早口で説明した。

所長は箱の送り状を裏返した。

「確認したかったのは逆だ。会社が君の趣味を無断で企画へ持ち込んでいないか」

保存した若手にも、参考にするなら作者へ連絡し、業務として対価を払うよう指示したという。

「好きで作ったものは、無料の共有財産じゃない」

参考資料へ載せた若手は、その日のうちに佳苗へ謝った。「ネットにあるから使っていいと思った」と正直に言い、投稿を削除するか、正式に許可を得るかを尋ねた。佳苗は削除を選んだ。仕事で覚えた縮尺の技術と、休日に推しを思いながら選ぶ傷の位置は、似ていても同じ成果物ではなかった。

佳苗は、自分の秘密を守ることばかり考えて、作品を守られる可能性を考えたことがなかった。

翌週、彼女はコンペチームからの正式な協力依頼を断った。推しの舞台模型は、仕事の締切にしたくなかったからだ。所長は「了解」とだけ返した。

代わりに佳苗は、社内の模型棚へ小さな灯台を一つ置いた。作者名の札には、名字とアカウント名を並べた。

どちらで呼ばれても振り向けるように、二つの名前の間に線は引かなかった。