母が私より年下になった日

 母が宇宙船から帰還したとき、私は母より十七歳年上になっていた。

 出発時、母は三十歳、私は十歳。

 船内では八年しか経っていないが、地球では四十五年が過ぎていた。

 着陸場で母は、白髪の私を見つけられなかった。

「お母さん」

 呼ぶと、三十八歳の母が振り向いた。

「そんな呼び方をする人、私は一人しか知らない」

 母は泣きながら私を抱いた。腕の力は、十歳の私を抱いたころと同じだった。

 けれど家へ戻ると、同じではいられなかった。

「夜更かしは体に悪い」

「私は五十五歳よ」

「でも娘でしょう」

「母さんこそ、地球の年金制度も病院も分からない。保護者が必要なのはそっち」

 母は黙り、私は言いすぎた。

 母は家族のために宇宙へ行った。長期航行の報酬で、私の暮らしは保障された。

 それでも私は、授業参観にも結婚式にも、子どもを産んだ夜にも来なかった母を、英雄とだけは思えなかった。

「行かないでって言った」

「覚えてる」

「それでも行った」

「あなたの未来を買えると思った」

「買えたのは生活。時間じゃない」

 母は反論しなかった。

 翌日、私の娘――母にとっては初対面の孫――が遊びに来た。

「どっちがお母さん?」

 孫が笑う。

「私が母親」

 母と私が同時に答えた。

 三人で食卓を囲んだ。母は私の好物だった卵焼きを作ったが、私はもう甘い味が苦手になっていた。

「変わったのね」

「四十五年あったから」

「私は八年しかなかった」

 母の言葉を聞き、初めて気づいた。

 失われた時間は、待った私だけのものではない。母もまた、十歳の娘が一夜で自分より年上になった世界へ置き去りにされていた。

「昔の続きには戻れないよ」

「分かってる」

「でも、新しく知ることならできる」

 私は苦い珈琲を母へ渡した。母は顔をしかめた。

「こんなの飲むようになったの?」

「毎朝」

 母は一口だけ飲んだ。

「まずい」

「四十五年かけて好きになった」

「では、私には時間が必要ね」

 母はもう私を育て直せない。

 私も母を子どものように管理しない。

 年齢の順番が逆になっても、母は母で、私は娘だった。

 ただその関係を、過去の続きを演じるのではなく、初対面に近い二人として作り直すことになった。

 母が帰還した日、家族の時間は元へ戻らなかった。

 代わりに、異なる速さで生きた二人の時計が、そこから並んで進み始めた。