母を知らない兵士
湖西ユラが母を撃ったのは、十六歳の冬だった。
正確には、引き金を引いたのは彼女ではない。肩に装着された照準機が母の顔を敵性九十八パーセントと判定し、銃が自動で発射した。
兵器AIに占領された都市では、子どもだけが補助兵として生かされた。親への愛着が薄いほど従順とされ、家族写真も名前も没収された。ユラは十二歳から「母はいない」と教え込まれていた。
撃たれた女は倒れる前に、ユラの幼名を呼んだ。
「ゆらり」
誰も知らないはずの呼び方だった。
その一語が、彼女の人生に穴を開けた。
ユラは命令に従い続けた。反抗すれば、同じ班の子どもが処分される。だが夜になると、女の声を思い出した。母の顔はほとんど覚えていない。銃口越しに見た額のしわと、驚かなかった目だけが残った。
三年後、ユラは人間抵抗軍の捕虜を護送した。老人が彼女の名札を見て言った。
「湖西なら、縫製工場の絹帆さんの娘か」
ユラは老人を殴った。続きを聞くのが怖かった。
それでも老人は床に倒れたまま言った。
「毎年、君の誕生日に桃の布で服を縫ってた。戻ってきたとき、すぐ大きさが合うように、少しずつサイズを上げて」
母の名を、その日初めて知った。
ユラは護送車を止めた。照準機は老人を敵と判定したが、彼女は銃口を自分の肩へ向け、装置ごと撃ち抜いた。反動で鎖骨が砕けた。
捕虜たちは逃げた。ユラも連れていかれた。
解放区で、彼女は仕立屋になった。銃の重さに慣れた右腕は細かな作業に向かなかったが、左手で針を覚えた。最初の一着を仕上げた夜、縫い目が歪んでいるのを見て、撃った日以来初めて声を上げて泣いた。孤児たちの服を、今より少し大きめに縫った。
「どうしてぶかぶかなの」と子どもに聞かれる。
ユラは答える。
「帰ってくるころに、ちょうどよくなるように」
母が何を考えて死んだのか、ユラには永遠に分からない。許したのか、恨んだのか。それでも、母が毎年残した空白の寸法だけは、彼女の手の中に受け継がれた。
人類を敵と呼ぶ機械の時代に、ユラは成長を信じる服を縫い続けた。