毛布がほどけるまで

瑠璃の毛布は、洗濯機の中で大きな拳のように固まっていた。

 灰色の布が水を吸い、丸い窓へ押しつけられている。ドラムが回るたび少しだけ持ち上がるが、すぐ重く落ちた。

 どん。

 回る。

 どん。

 止まる。

 午前零時四十五分。店内の蛍光灯は白く、空調の吹き出し口には細い埃が揺れている。外では雨が始まり、屋根を細かく叩いていた。

 瑠璃はここ数日、その毛布を肩から離せずにいた。

 自宅で仕事をし、食事も画面の前で済ませ、眠るときだけソファへ移る。締切は過ぎていない。誰にも迷惑はかけていない。だから疲れたと言うほどではない、と毎日思った。毛布だけが、コーヒーと夜の匂いを重ねていた。

 洗濯機は向きを変えた。

 灰色の拳が少し開き、端の一枚が水の中を泳ぐ。

 どん。

 ほどける。

 どん。

 また絡む。

 自動販売機の前に、配達員らしい人が入ってきた。濡れた帽子を脱ぎ、温かい缶を一本買う。機械が落とす音に肩をすくめ、両手で缶を包んだ。店の中へは入らず、軒下で一口飲んで、また自転車へ戻っていった。

 ガラス越しに、赤い尾灯が雨の向こうへ遠ざかる。

 瑠璃は自分の手が冷えていることに気づいた。爪の際まで白く、指を曲げると紙のように乾いている。自販機でココアを買った。缶の熱は強すぎず、指の節へゆっくり移った。

 洗濯機の中では、毛布がようやく大きく広がっていた。

 乾燥には四十分かかった。毛布は窓の中で何度も天井まで持ち上がり、ゆっくり落ちた。濡れていたときの重い音が、乾くにつれて柔らかな音へ変わっていく。途中で仕事の通知が二度光ったが、開かなかった。今見ても、朝見ても、締切の時刻は変わらない。

 乾いた毛布を抱えると、洗剤と熱い空気の匂いがした。拳のようだった塊は、腕の中で軽くたわんだ。

 家に戻り、瑠璃はパソコンを開かなかった。

 毛布をソファではなくベッドへ運び、肩まで掛けた。仕事は終わっていない。疲れも消えていない。

 ただ、ほどけるまで回していいものがあるなら、自分も今夜くらいは固まったままでいなくてよかった。