毛布を畳む朝

 正月二日の午前八時。亜澄がコートを着ると、祖母のフミは膝から毛布を滑らせた。

「その毛布、足元に置いといて」

 前の人生と同じ頼みだった。

 初売りの列へ急いでいた十八歳の亜澄は、言われるまま電気ストーブの前へ毛布を寄せた。午前九時十八分、隣家から「おばあちゃんの家が燃えている」と電話が来た。古いストーブの火花が毛布へ移り、足の悪い祖母は玄関までたどり着けなかった。

 あれから十五年。買った福袋の中身は一つも覚えていないのに、焼け焦げた毛糸の匂いだけは忘れられなかった。初売りの広告を見るたび、割引率の横に死亡時刻が浮かんだ。祖母が残した家を処分した夜、亜澄は「一度でいいから、買い物より先に帰りたい」と願った。

「その毛布、足元に置いといて」

「置かない。畳んで洗濯機に入れる」

 亜澄は以前と違う返事をして、毛布を抱き上げた。

「寒いじゃないか」

「じゃあ私のコートを貸す。あと、そのストーブは引退」

 コンセントを抜いた途端、差し込み口の奥で青い火花が弾けた。黒く変色したコードから、細い煙が上がる。フミの顔から不満が消えた。

 亜澄はブレーカーを落とし、窓を開け、隣家に工具を借りた。焦げた差し込み口を金属の盆で覆い、電気屋へ連絡する。初売りの開始時刻は過ぎたが、焦りはなかった。前の人生で欲しかったものは、もう目の前の座布団に座っている。

 二人で台所へ移り、やかんをガス火にかけた。祖母は亜澄のコートにくるまり、「若い匂いがする」と笑った。

 午前九時十八分。

 前の人生では着信音が鳴った。今度、スマートフォンは静かなままだった。

 代わりに、やかんが高く笛を吹く。外を走った消防車は、巡回を終えて署へ戻るところだった。家の中には煙ではなく、ほうじ茶の香りだけが満ちている。

 フミは戸棚から、とっておきの羊羹まで出した。前の人生では焼けてしまい、包装紙しか写真に残らなかった品だ。

 湯飲みを二つ並べ、これまで一度も言わなかった。

「初売りは来年もある。来年も一緒に行こう」

 亜澄は、毛布より温かいその約束を祖母の膝へ掛けた。