氷が溶けるまで
ソフトボール部の最後の大会で、私はベンチに入れなかった。
選手ではなく、マネージャーなのに。
大会規定でベンチ入りできる補助員は一人。三年の私ではなく、来年も残る二年生が選ばれた。正しい判断だった。私は笑って、観客席から応援すると言った。
試合前、冷たいタオルを詰めた保冷箱を後輩へ渡した。
「投手には首じゃなくて手首も冷やして」
「分かってます」
「捕手は膝」
「聞きました」
頼もしい返事が、少しだけ寂しかった。
試合は延長へ入った。私はフェンスの外から、スコアをつけた。ベンチの声は聞こえるのに、自分の声だけ届かない距離だった。
最終回、相手の打球が外野の頭を越えた。二人が帰り、試合が終わった。
選手たちが泣きながら整列する。その後ろで、後輩のマネージャーが保冷箱を抱えて立っていた。何をすればいいか分からない顔だった。
私はフェンスの入口まで走った。
「タオル、配って」
「でも、みんな今は」
「泣いてるから冷やすの」
後輩はうなずき、一人ずつへ渡した。
最後の一本だけ、保冷箱に残った。
「先輩のです」
「私は走ってない」
「一番熱そうです」
受け取ると、氷はほとんど溶けていた。それでもタオルは冷たかった。
学校へ戻った夕方、グラウンドで最後の片づけをした。私はベースを外し、後輩はラインカーを倉庫へ運んだ。
「今日、役に立てませんでした」
急に彼女が言った。
「私がいたら違った?」
「そうじゃなくて」
「私も三年前、何もできなかった」
最初の大会で、私は氷を入れすぎてタオルを凍らせた。選手に渡すと硬くて曲がらず、みんなに笑われた。
「マネージャーって、負けたあとが一番難しい」
勝った日は水を配ればいい。負けた日は、言葉も温度も正解がない。
後輩は保冷箱の底に残った水を捨てた。
「来年、ちゃんとできますか」
「氷が溶ける前に覚えるよ」
夕日が水面で揺れた。
卒業前、後輩から小さな保冷剤をもらった。油性ペンで『先輩用』と書いてある。
最後の大会でベンチには入れなかった。それでも私は、自分の場所を次の人へ渡せたのだと思った。冷たさが消えても、手順だけは残るように。