没収された秘密
薬袋芙実たちの交換日記は、古典の授業中に没収された。
後ろの席へ回そうとしたところを、先生が片手でつかんだのだ。
「授業中に文通とは、ずいぶん雅だな」
教室が笑った。
日記には、先生の口癖ランキング、眠くなる授業ランキング、黒板の字が読めない先生ランキングが書いてある。古典の先生は三部門すべてに入賞していた。
芙実と相手は顔を見合わせた。
「放課後、職員室へ来なさい」
終わった、と思った。
放課後、二人で職員室の前を三往復した。謝罪の順番を決め、最悪の場合は日記を焼却してもらおうと相談した。
先生は窓際の机で採点をしていた。
赤い表紙が、その横にある。
「失礼します」
「遅い。もう読んだ」
「全部ですか」
「全部だ」
相手が小さく「退学かな」と言った。
先生は日記を差し出した。
開くと、最新の頁に赤ペンの文字が増えていた。
――口癖ランキング第一位「つまり」について。私は「要するに」のほうが多いと思う。
――眠くなる授業第一位について。睡眠不足を他人のせいにしない。
――黒板の字について。これは認める。
その下に、宿題と書かれている。
――次回までに、反省文を一人一頁。授業中に回した理由を、枕草子風に述べよ。
「返してくれるんですか」
「交換日記は悪くない。時と場所が悪い」
「中身は?」
「批評には根拠が必要だ」
芙実は反省文を書いた。
『授業中に日記を回したくなるもの。先生が黒板に向かひて、長く「つまり」と言ひたまふとき。友の背中がすぐそこにありて、休み時間は遠く思はるるとき。』
翌週、日記はまた先生に提出された。
返ってきた頁には、大きな花丸と追記があった。
『教師が日記を読みたくなるもの。自分の名が見えしとき。若き日のことを思ひ出すとき。』
さらに次の頁。
『私も高校二年のころ、交換日記をしていた。相手は今の妻である。これは秘密とすること。』
芙実たちは顔を上げた。
先生は黒板へ向かい、いつもより丁寧な字で助動詞を書いていた。
その日の日記は、初めて先生の話だけで三頁埋まった。
最後に二人で、先生の口癖ランキングを訂正した。
第一位――「これは秘密とすること」。
翌日の授業で先生は、黒板を見たまま言った。
「要するに、余計なことは書かないように」
芙実たちは机の下で日記を閉じた。今度は、休み時間まで回さなかった。