洗礼槽に沈む名

地下洗礼堂には、六人の囚人が首まで水に沈められていた。

胸には教会の誓約印が焼かれている。《跪け》《黙れ》《奉仕せよ》《忘れよ》《逆らうな》。命令に背けば、印が心臓を締める。

洗礼士サフィラは銀杓を取った。

この水で他人の誓約印を一つ洗い落とすたび、洗礼士の記憶から、大切な人の名が一つ消える。だから修道院長ペグナは、金を払った者にしか解印を許さなかった。名を失うのは孤児の洗礼士、金を得るのは教会だった。

処刑の鐘まで、あと半刻。

サフィラは一人目の胸へ水を注いだ。《跪け》の文字が溶ける。

同時に、幼いころ髪を梳いてくれた女の名が消えた。母だったことは分かる。顔も声も覚えている。ただ呼ぶ音だけが、歯の間から抜け落ちた。

二人目。兄の名が消えた。

三人目。剣を教えた師の名。

四人目。墓標に刻んだ親友の名。

囚人たちは自由になった足で槽から上がり、扉の閂を外した。だが最後の男ウルクだけは動けない。胸に二つの印が重なっていた。

《教会を守れ》

《教会に逆らう者を殺せ》

「一つでいい」とウルクは言った。「俺が動ければ、皆を逃がせる」

サフィラは最初の印へ水をかけた。

ウルクの胸から《教会を守れ》が消える。彼女の中から、ウルクという音が消えた。目の前の男を何度もそう呼んだはずなのに、もう舌が辿れない。

階段の上で、修道院長が衛兵を集めている。

男は剣を拾ったが、二つ目の印が赤く光った。逃げる囚人たちは教会への反逆者だ。彼の腕が勝手に剣を振り上げる。

「早く」

サフィラは最後の水をすくった。

代価にされる名は、残った中で最も大切なものだ。母も兄も師も友も、目の前の男も失った今、残るのは一つしかない。

彼女は《教会に逆らう者を殺せ》を洗い流した。

胸の印が消え、男の剣が止まる。

同時に、サフィラという名が、彼女自身からも洗礼簿からも消えた。

囚人たちは階段を駆け上がった。男が振り返り、彼女へ手を伸ばす。

「一緒に来い。君の名は?」

洗礼士は答えようとして、空になった胸を押さえた。壁の名札は白紙で、袖口の刺繍からも文字が抜けている。

彼女は自分を指し、それから首を振った。

処刑の鐘が鳴るころ、六人の囚人には名前が戻っていた。

洗礼槽の脇には、名だけを水底へ置いてきた女が立っていた。