海を青くする夜
港町の海が、真っ黒になった。
低価格の携帯機でだけ起きる。最新機では青く透き通り、夕日まで映る。発売前の映像撮影は明朝。背景技術担当の生駒峪青葉には、夜のうちに海を戻してほしいと依頼が来た。
美術担当は色設定を明るくした。しかし黒い海は灰色になっただけで、波頭まで泥のように濁った。
青葉は海面を止め、遠景、反射、泡を一つずつ切った。反射を切った瞬間だけ、海が青く戻る。海にはシェーダーという光の計算が使われている。低価格機では計算回数に上限があり、港の照明が増えたことで最後の反射だけ処理からこぼれていた。
「照明を二つ消せば直る」
リーダーは岸壁の灯りを指した。青葉は夜の場面へ切り替えた。そこは密輸船を追う章で、灯りを消すと進む道まで見えなくなる。
海の品質を落とす案も出た。青葉は首を振り、遠くの島を拡大した。見えない距離なのに、島の窓一枚一枚まで光を計算している。
彼女は距離に応じて細部を省くLODを、島の建物だけ一段早く切り替えた。浮いた計算を海の反射へ戻す。さらに港を走り回り、島へ近づいたときに窓が急に現れない位置を探した。
午前四時、低価格機の海に朝焼けが映った。波の谷は深い青で、船が通ると白い泡がほどけた。岸壁の灯りも残っている。
リーダーが映像撮影を始めようとしたとき、青葉は止めた。
「雨にしてください」
「晴れの映像しか撮らないぞ」
「濡れた地面も反射を使います。海だけ直って、雨で上限を越えたら同じです」
雨の港でも海は黒くならなかった。青葉は船に乗り、港を離れて島へ近づいた。窓の細部が戻る境目を、波と船体の揺れの中でも探した。切り替わりは霧の向こうに隠れ、海の色も保たれていた。そこで初めて、青葉は修正版を確定した。
午前六時、撮影担当が入室し、青い海を見て歓声を上げた。青葉は椅子から立ち、空になった机へ向かう。
次の連絡には、砂漠の蜃気楼が低価格機で四角く見える、と書かれていた。
海の朝は始まったばかりだった。