海底三十メートルの箱
海底居住区〈青鯨〉が潜水を始めて三日目、連絡室に宅配箱が置かれていた。箱には地上の研究所から当日発送された送り状が貼られ、中には紛失した実験データの記憶媒体がある。出入口の耐圧ハッチは一度も開かず、物資ロックの圧力記録にも変化はなかった。
区画内にいるのは、主任の柳瀬、潜水士の仁科、植物研究員の辰巳だけ。柳瀬は制御室、仁科は船外作業の準備、辰巳は栽培槽にいた。三人ともデータ改竄を疑われており、媒体を「地上から返された物」に見せたい理由がある。通信は文字情報だけで、地上の職員が箱を発送したか確認できるのは浮上後だった。
私が示した手掛かりは三つだった。圧力記録が平坦であること。箱の四隅の折り目が、栽培槽にある非常用梱包板と同じ線で、工場製品とは逆に外側へ膨らんでいること。そして封緘テープの切り口が、辰巳の栽培用鋏にだけある半月形の欠けと一致すること。
仁科は小型無人艇で運べると主張したが、物資ロックを使えば必ず加圧と排水の波形が残る。柳瀬は箱が潜水前から隠されていた可能性を挙げた。しかし湿度の高い居住区で三日隠した段ボールなら、もっと柔らかくなっている。辰巳は送り状のインクが新しいのは耐水印刷だからだと言ったが、問われても印刷会社名を答えられなかった。
辰巳は、箱の印刷が薄いことを「海水で褪せた」と説明した。だが紙は乾ききっていた。私は栽培槽の棚から、非常時に野菜を梱包する平らな段ボール板を一枚抜き、皆の前で同じ向きに折ってみせた。
「荷物は外から来ていません。辰巳さんが区画内の梱包板を裏返して組み立て、媒体を入れ、地上の送り状を印刷して貼った。逆向きの折り目は、印刷面を内外逆にしたためです。テープはあなたの欠けた鋏で切られた。圧力記録が動かないのは故障ではなく、最初から一度も配達されていないから。海底三十メートルの不可能は、箱を作るだけで完成したのです。送り状の日付は外部から来た証拠ではなく、内部で作った嘘の一部。閉鎖空間では、配達経路を探すより、荷物そのものがいつ箱になったかを疑うべきでした」