火星の配管は歌っている
火星居住区の空気配管を守るのが、四代続く家業だった。
娘は継がず、地球の音楽院へ行きたいと言った。
「空気屋の子が、音で食べるのか」
父は笑わなかった。
「配管の音しか聞いてこなかったから、別の音を学びたい」
「この区画の呼吸を、誰が守る」
「私一人の人生に載せないで」
祖父も父も、家業は家族が継ぐものだと思っていた。娘は訓練を手伝わなくなり、防音室で作曲を続けた。
出発一週間前、大規模な砂嵐が居住区を襲った。
警報装置は砂の電気で誤作動し、どの配管が破損したか分からない。父と祖父は図面を広げたが、圧力表示がすべて乱れていた。
娘は廊下へ出て、壁へ耳を当てた。
「第三支管」
「計器は正常だ」
「音が半音高い。どこかで細く漏れてる」
父は疑いながら弁を閉じた。直後、配管の継ぎ目に白い霜が浮いた。漏れた空気が凍った跡だった。
娘は各区画を歩き、金属の振動を聞いた。
「次は居住棟の下。二本が同じ高さで鳴ってない」
家族三人と整備員が修理を続け、夜明けまでに大きな漏れを止めた。
「お前には、この仕事の耳がある」
祖父が言った。
「だから継げって?」
娘の声が固くなった。
父は首を振った。
「継げと言いたくなった。でも、その耳を作ったのは家業だけじゃない。音楽を学んだから、俺たちが聞き分けられない差が聞こえた」
出発前、娘は区画中の配管音を録音した。正常な音、緩んだ音、霜がつく前の高い音。解析装置の学習データとして、家業へ残した。
店の看板には新しく書かれた。
〈空気配管保守・音響診断〉
「共同開発者に名前を入れるぞ」
「それは入れて。後継者とは書かないで」
「分かった」
地球へ向かう船の中で、娘は火星の配管音を素材に最初の曲を作った。
低い鼓動のような音の奥で、細い高音が遠くへ伸びていく。
祖父は「故障みたいな曲だ」と言い、毎日、何度も聞いた。
娘は家業を継がなかった。
けれど家業から受け取った耳を、自分の行き先へ持っていき、別の形で家族へ返した。