火災階の入場資格
三枝史門は出社すると、エレベーターの鏡へ顔を向ける。信用点数九〇八。八百点以上の社員だけが役員階まで直通で上がれるため、朝の箱はいつも静かだった。
午後、三十一階で火災警報が鳴った。
史門は二十八階の会議室から非常用エレベーターへ走る。弟の志津真は三十一階の整備区画で働いていた。階段は煙で閉鎖され、救助箱だけが上下している。
扉の表示には規則が一行だけ出ていた。
《非常時は信用点数八百以上の者を優先搬送します》
史門が顔を映すと、扉が開いた。
三十一階へ着く。廊下は黒い煙で先が見えない。奥から咳が聞こえ、志津真が壁を伝って現れた。左足を引きずっている。
「兄貴、助かった」
二人で箱へ入ろうとすると、入口が赤くなった。
《三枝志津真:七九九》
《搬送資格がありません》
「一ポイントだぞ!」
史門が叫ぶ。志津真の点数は今朝まで八一三だった。火災の原因を点検不足として自動記録され、発生と同時に十四点引かれていた。調査はまだ始まっていない。
史門は弟を肩へ担ぎ、無理に踏み込んだ。重量は許容内だったが、扉が閉じない。
《資格外搭乗者を降ろしてください》
天井から、次の火災階までの猶予が四十秒と表示される。
「兄貴だけ行け」
「黙れ」
史門は自分の社員証を弟の胸へ押し当てた。顔が違うため反応しない。カメラを殴っても、鏡面には二人の数字が正確に残った。
十五秒。
志津真が史門を突き飛ばした。史門だけが箱の奥へ倒れ、扉が閉じ始める。
史門は隙間へ腕を入れた。安全装置が働き、扉が開く。
「置いていけるか」
二人は廊下へ戻った。
無人になったエレベーターは扉を閉じ、下へ降りていく。八百点以上の救助対象を探すためだった。
表示が更新される。
《三十一階・有資格者残数:〇》
《当該階への救助運行を終了します》
機械音が遠ざかる。
志津真は壁へ座り込み、「一ポイント、借りられないかな」と笑った。
史門の端末が鳴った。危険区域へ自発的に戻ったことで、彼の点数が七九六へ下がっていた。
これで二人とも同じだった。
史門は弟の腕を肩に回し、煙の中の非常階段へ向かった。背後のエレベーター表示には、もう三十一という数字がなかった。