火竜に手綱を掛けた馬丁

王立厩舎の馬丁サフネは、騎士より先に馬の機嫌を知った。

蹄の熱、耳の向き、飼葉を噛む速さ。だが貴族にとって馬丁は糞を片づける下働きだ。戦功を立てたのは騎手であり、暴れた馬に蹴られれば馬丁の不注意とされた。

彼女の技能は、馬にしか使えないと笑われていた。

【騎獣誘導:馬具を装着した騎獣一頭を、騎手の望む目的地へ導く。騎獣の種別は問わない】

「種別を問わなくても、乗せてもらえる馬がいないだろう」

若い竜騎士はそう言って、サフネの手綱を泥へ落とした。

祝賀飛行の日、その竜騎士が功績を誇ろうと火竜へ刺激薬を打った。火力は増したが、痛みで理性を失った竜は騎手を振り落とし、王都上空で喉を赤く膨らませた。

放たれれば、東街区が一息で焼ける。

宮廷魔術師の拘束鎖は高熱で溶け、弓兵の矢は鱗に刺さらない。竜騎士は地上から「殺せ」と叫んだ。自分が禁薬を使ったことを隠すためだ。

サフネには、竜が怒っているのではなく、口内の金具で裂けた舌に苦しんでいると分かった。

彼女は泥から拾った手綱を持ち、鐘楼へ駆け上がった。竜が低空へ降りた瞬間、その首へ飛び移る。焼けた鎖の輪へ手綱を通せば、それは馬具になった。

「お前は兵器じゃない。行きたい場所へ連れていく」

竜の種別は問わない。

サフネが望んだ目的地は、北山の火口湖だった。手綱を一度引くと、王都へ向いていた竜の首が空へ上がる。吐き出された炎は雲を裂き、建物には火の粉一つ落ちなかった。

火竜は彼女を背に乗せたまま北へ飛び、火口湖へ降りた。冷たい水に口を浸すと、痛みの原因だった金具が外れ、竜は静かに頭を垂れた。

遠くの広場では、若い竜騎士の懐から禁薬の空瓶が落ちていた。

火口湖の岸で、火竜はサフネの掌へ鼻先を寄せた。王都へ戻った竜騎士団は、主を選ぶのは騎士ではなく騎獣だと知る。禁薬を使った若い騎士の紋章は剥がされ、空になった鞍は厩舎の入口へ、サフネの帰還を待つように置かれた。

《職業が【王立馬丁】から【天獣御馭卿】へ書き換わりました》