炉にくべた誕生日
王宮の西端にある産室には、暖炉が二つあった。片方は薪で燃え、もう片方は思い出で燃える。
薪の火が死んだとき、思い出の炉へ幸福な記憶を一つ差し出せば、夜明けまで決して消えない炎が灯る。差し出した記憶は、炎と一緒に燃えて戻らない。
炉番の侍女エヴェルは、その規則を知っていた。だから吹雪の夜、煙突へ氷が詰まり、産室の温度がみるみる下がったときも、すぐには銀の扉を開けられなかった。
王妃は出産を終えたばかりで意識が薄い。生まれた王女は布に包まれ、泣く力さえなくしていた。侍医は温石を取り替えながら、「朝までこの寒さでは」と言葉を切った。
薪は湿っている。別棟から運ぶには雪の回廊を越えなければならない。乳母たちは赤子を囲み、誰も炉へ差し出せる記憶がないと言った。
幸福な記憶は、他人に選んでもらえない。本人が「幸せだった」と認めたものだけが燃料になる。
エヴェルには一つあった。
十歳の誕生日、母が小麦粉を盗んだのではないかと疑われ、二人で住み込み先を追い出された日。雨の橋の下で、母は最後の銅貨を蜜菓子に替えた。半分に割ると大きさが違い、母は迷わず大きいほうをエヴェルへくれた。
「今日は、あなたが生まれた日だから」
濡れた外套の内側は温かく、蜜は歯にくっつくほど甘かった。最悪の日だったのに、その一言だけで、エヴェルの人生は祝われたものになった。
母はもういない。墓の場所さえ、洪水で分からなくなった。あの誕生日を失えば、母に愛された確かな証拠も失う。
赤子が小さく息を吐いた。白い息だった。
エヴェルは銀の扉を開けた。中は灰だけで、手を入れると冬より冷たい。
「私が生まれた日を」
声にすると、橋の雨音が耳の奥で蘇った。蜜菓子の匂い、母の指の荒れ、半分に割れた形まで鮮やかだった。
灰の中へ記憶を置く。青い火が一本立ち、たちまち金色に広がった。産室へ春のような熱が満ち、赤子が声を上げて泣いた。
皆が安堵するなか、エヴェルは自分の誕生日を思い出そうとした。
日付は知っている。けれど、その日を喜んでくれた人がいたのかだけが、きれいに燃え尽きていた。