炊飯器の中の森

 南雲衿子の部屋へ、上階の梓が籠いっぱいの茸を持ってきた。

「父が山から送ってきたんです。見分けはしてあるから大丈夫」

 その後ろから、小学二年の奏太が顔を出した。

「ぼく、しめじを裂く係できます」

 衿子は一年前に夫を亡くし、食卓の椅子を一脚しまった。それ以来、炊飯器も使っていない。一合を炊くと余るし、冷凍したごはんは、なぜか過去の食事を保存しているようで苦手だった。

「炊き込みごはんにしませんか」

 梓が言う。

「うちの炊飯器、壊れてて」

 断る理由を探す間に、奏太は茸を一本ずつ並べ始めた。

 三人で米を研いだ。舞茸、しめじ、椎茸をほぐし、油揚げを細く切る。醤油と酒を入れた釜から、まだ火も入れていないのに、茸の土っぽい香りがした。

「混ぜちゃだめ?」

「炊く前は上に置くだけ」

「どうして?」

「米が息できなくなるから」

 衿子が答えると、奏太は真剣な顔で茸をふんわり載せた。

 炊き上がるまで、三人は台所で麦茶を飲んだ。梓は離婚してこの町へ越してきたばかりで、仕事と子育ての両方にまだ慣れないと話した。

「夜、一人で決めることが多すぎるんです」

 梓が笑う。

「私は決めることがなさすぎるわ」

 衿子も笑った。正反対なのに、どちらも夜が長いことだけは同じだった。

 炊飯器が鳴り、蓋を開ける。白い湯気の中から、醤油と茸と油揚げの香りが一度に立ち上がった。

 しゃもじを入れると、底に薄いお焦げができている。奏太は「森の地面だ」と喜んだ。

 三人で茶碗を囲んだ。舞茸は香りが強く、椎茸は噛むほど甘い。衿子は夫が炊き込みごはんの日だけ二杯食べたことを思い出したが、胸の痛みは以前ほど鋭くなかった。

「椅子、もう一つありますか」

 奏太が訊く。

「あるわ。しまってあるだけ」

「次は出しておいて」

 衿子は頷いた。

 帰りに、残りを小さな容器へ分けた。梓たちの足音が階段を上っていく。

 部屋には茸の香りが残り、空いた椅子のあった場所まで、炊きたての温度がゆっくり届いていた。衿子はしまった椅子を、明日の朝に出そうと思った。