父から届いた二十年

百目鬼和孝の父・源造は、葬式の三日後に二十年を送ってきた。

正確には、生前予約された寿命相続だった。死亡時に未消費分があれば、指定相続人へ移る。源造は七十八で亡くなったのに、予測寿命は九十八だったらしい。

和孝は受取を拒もうとした。父とは二十五年、会っていなかった。

中学生のとき、源造は家を出た。養育費は途絶え、母は働き詰めで倒れた。いまさら年月だけ渡されても、父親だった時間の穴は埋まらない。

ところが相続通知には条件があった。

〈二十年を受け取るには、遺言映像を最後まで視聴すること〉

和孝は腹を立てながら再生した。画面の源造は謝らなかった。

「俺は家族を捨てた。理由を話せば、少しは同情されるかもしれん。だから話さない」

代わりに、彼は二十五年間の生活を淡々と語った。港で働き、安い部屋に住み、酒をやめられず、何度も手紙を書いて破ったこと。寿命市場で少しずつ年を買い、和孝へ残す二十年を貯めたこと。

「金を送る勇気はなかった。年なら、死んでから届く」

和孝は映像を止めたくなった。卑怯だと思った。死後なら拒絶されずに済む。

最後に源造は言った。

「許すために使うな。俺を憎む時間に使ってもいい。お前の年だ」

和孝は受け取った。

その瞬間、身体が若返るわけではない。ただ予測死亡日が六十四歳から八十四歳へ延びた。和孝は五十六だった。残り八年のつもりで会社を辞め、身辺整理を始めていたのに、未来が急に長くなった。

彼は困った。父を憎むために二十年も要らない。やりたいことも思いつかない。

まず、母の墓へ行った。次に港町を訪ねた。源造の部屋は片づけられていたが、隣人の老人が段ボール箱を預かっていた。中には、送られなかった誕生日カードが二十五枚あった。どれにも言い訳はなく、「生きていてくれ」とだけ書かれていた。

和孝は泣かなかった。許しもしなかった。

ただ翌春、港の夜間中学で読み書きを教える仕事を始めた。源造が最後まで漢字を苦手にしていたと隣人から聞いたからだ。

八十四歳まで生きる保証はない。それでも和孝は、父から受け取った二十年を父の続きを生きるためには使わなかった。

届かなかった言葉を、誰かが届かせる手伝いに使った。

それは和解ではなかった。相続した時間の名義を、自分へ書き換える作業だった。