父が二種類に分かれた日

 二十歳になると、すべての市民へ遺伝情報の完全開示権が与えられる。

 青年が家族照合欄を開くと、表示はこうなった。

〈養育上の父:現在の父〉

〈遺伝上の父:故人・父の弟〉

「どういうこと」

 食卓で端末を見せると、両親は黙った。

 父には子どもをつくることができなかった。二十年前、弟が生殖細胞の提供を申し出た。三人で話し合い、母は青年を産んだ。

 弟は青年が五歳のとき、事故で亡くなった。

「叔父さんが、父親なの?」

「遺伝上は」

「じゃあ、父さんは何」

 言ってから、青年は父の顔を見られなかった。

 父はゆっくり答えた。

「それを決めるのは、お前だ」

「ずるい。二十年隠して、今だけ俺に決めさせるの?」

 母が頭を下げた。

「小さいころに話すつもりだった。でも弟を亡くして、あなたまで混乱させるのが怖くなった。そのあとは、話すほど今の家族が壊れそうで」

「守ったんじゃなくて、先延ばしにしたんだ」

「その通りです」

 青年の端末には、故人が残した映像があった。成人後にのみ再生できる記録だ。

『君に何と呼ばれるかは決めない。僕は細胞を渡した。兄は、夜泣きに付き合い、熱を測り、君に自転車を教える。どちらも事実だけど、事実だけで家族の名前は決まらない』

 映像が終わっても、青年の怒りは消えなかった。

「いい話にして終わらせないで」

「終わらせない」

 父が言った。

「何度でも聞いてくれ。怒っているあいだも、父親を降りない」

 青年は照合欄の編集画面を開いた。

 制度上、〈父〉は一人しか登録できない。遺伝上の親は補足欄へ自動表示される。

 青年は自由記入欄へ書いた。

〈父:育てた人〉

〈叔父:命の材料をくれた人〉

〈二人の関係について、本人はまだ考え中〉

「父のままでいいの?」

 父が尋ねた。

「今日のところは」

「明日は?」

「明日、また考える」

 父はうなずいた。

 夕食は冷めていた。三人ともほとんど食べなかった。

 それでも席を立つ人はいなかった。

 血縁が明らかになった日、家族の答えは一つ増えたのではない。

 簡単だった呼び名の中に、これまで隠されていた問いが増えた。

 青年はその問いを、もう一人で抱えず、三人の食卓へ置いた。