狼月を畳む黒い帯
満月の夜だけ開く帯屋〈結び角〉へ、衛兵ガランは鎖を巻いて現れた。
「夜明けまで、俺を柱につないでくれ」
狼の血を引く彼は、満月になると四つ足の獣へ変わる。普段は誰より門を守っているのに、この夜だけは子どもまで彼へ石を投げた。これまでは牢へ入って耐えてきた。しかし今夜は北門の当番で、交代できる者がいない。休めば臆病者、出れば市民を襲う。隊長は好きなほうを選べと言ったらしい。どちらを選んでも処分できるよう、始末書まで用意して。
店主のコルマは鎖を見もせず、壁に掛けた黒帯を取った。
「うちは牢屋じゃない。売るのは〈月畳み〉一本です」
帯には留め金も魔石もない。ただ、裏側に小さく「選ぶのは持ち主」と刺繍されていた。コルマがガランの腰へ二重に巻き、最後の端を本人に渡す。
「変わりたくない場所を、自分で結んでください」
ガランは鼻で笑いかけたが、月光が窓から差した途端、背が軋んだ。爪が伸び、歯が尖る。彼は震える手で帯を結び、叫んだ。
「頭だ。頭だけは俺のままでいろ!」
黒帯が月光を吸い込んだ。
次の瞬間、店に立っていたのは、狼の耳と強靱な脚を持ちながら、人の目をした衛兵だった。獣の嗅覚も力もある。窓の外を走る鼠の位置まで分かるのに、胸の奥の怒りは自分の手綱の内側にある。それでも口から出た言葉は唸り声ではない。
「北門へ、行ける」
コルマは鏡を向けた。ガランは変わった自分を見つめ、何度も拳を開閉する。鎖は床へ落ちた。
「帯が抑えるのは一か所だけです。どこを人のままにするかは、毎回選べます」
「十分だ。俺には十分すぎる」
代金は銀貨七枚。ガランは十枚を置いた。余りを返すと、三枚だけまた押し出す。
「来月分の手付けだ。今度は夜番のあとに来る。牢じゃなく、この店へ」
彼は北門へ向かって駆けた。足音は獣の速さだったが、背筋は衛兵のまま真っすぐだった。
コルマが床の鎖を戸外へ蹴り出す。からん、と転がる音に重なって、店のベルがもう一度鳴った。