甘すぎる最後の鯖

美濃部右京が母の部屋を片づけ始めて三日目、冷凍庫の奥から鯖が二切れ出てきた。

賞味期限は、母が亡くなる一週間前だった。

「捨てるか」

榎田規一が言った。規一は母と十年暮らしたが、籍は入れなかった。右京が高校生のころは弁当を作り、就職して家を出たあとも、母が入院すると毎日病院へ通った。だが通夜で親族から「他人は下がって」と言われたとき、規一は本当に一歩下がった。右京はそれが許せず、葬儀以来口を利いていない。

「焼く。今日、魚焼きグリルを掃除した」

「冷凍焼けしてるぞ」

「母さんなら味噌を塗る」

二人は台所へ立った。右京が味噌とみりんを混ぜ、規一が鯖の水気を拭く。母が生きていたころ、右京は食卓へ遅れて来るたび、規一の皿から一口奪った。規一は文句を言いながら、いつも大きい切り身を残していた。母は甘い味を好んだ。右京は砂糖を足し、規一は無言でもう一杯入れた。

グリルの火が片側だけ弱い。途中で皿を回し、焦げた皮を箸で剥がした。焼き上がった二切れは、大きさが違った。

規一は大きい方を右京の皿へ置いた。

「そういうの、もういい」

「骨が多い方だ」

「嘘つけ」

食卓には母の椅子が残っている。二人とも座らず、流し台に寄りかかって食べた。鯖は少し臭く、味噌は甘すぎた。

「この部屋、月末で返す」と規一が言った。

「次は?」

「決めてない」

「荷物は」

「軽トラ一台ぶん」

右京は冷凍庫を開けた。空になった棚に、母が作った保冷剤だけが並んでいる。捨てようとして、一つを取り出した。

「俺の部屋、冷凍庫小さいんだよな」

「だから?」

「鯖を買ったら、ここで凍らせるつもりだった」

規一は笑わなかった。右京も住所を聞かなかった。

片づけの最後、右京は食器棚から弁当箱を二つ出した。一つは自分が高校時代に使った黒、もう一つは規一の銀色。残ったご飯を半分ずつ詰め、焦げた鯖の皮も分けた。

銀色の弁当箱へ付箋を貼り、〈明日、荷造りの前に食べる〉と書く。黒い方は持ち帰らず、冷蔵庫の一段目へ置いた。

明日もこの部屋へ来る理由が、これで一つ残った。