白いカーテン
初回面談で、依都さんは白いカーテンばかり見ていた。
隣の紗久さんが、代わりに事情を話した。母親から長年、暴言と監禁を受け、半年前に姉妹で逃げたこと。妹は今も判断に時間がかかり、知らない人に質問されると記憶が曖昧になること。
「私がいれば答えられます」
紗久さんはそう言い、依都さんの椅子を自分のほうへ数センチ寄せた。
私は姉の献身だと受け取った。依都さん用の水筒も薬も紗久さんが持ち、飲む時刻になると無言で差し出した。依都さんが『今は要らない』と言っても、姉は蓋を開けたまま手を引かなかった。
面談記録には、妹の発言より姉の説明のほうが多く残った。『依都はこう感じています』という文を、私は本人の言葉として扱いかけていた。
ただ、二つ気になった。依都さんが口を開くたび、紗久さんが膝を軽く叩くこと。次回予約を決めるとき、依都さんの予定を一度も尋ねず、同じ時間を指定したこと。
三回目、私は「今日は妹さんと二人で話したい」と提案した。
紗久さんの笑顔が消えた。
「家族を引き離すんですか」
「ご本人の言葉を確認するためです」
依都さんはカーテンを見たまま、唇だけを動かした。
「一人で、話したい」
紗久さんの膝を叩く指が止まった。
別室で、依都さんは袖をめくった。手首に新しい痣があった。夜中に外へ出ようとして姉につかまれたこと、給料は姉の口座へ入ること、面談で話す内容を毎回練習させられることを話した。
母から逃げたのは本当だった。逃げる計画を立てたのも紗久さんだった。けれど新しい部屋で、母の役を引き継いだのも姉だった。
私は次回から別々に通う方法と、一時避難先を説明した。依都さんは、母の家を出た日の鞄を今も紗久さんが保管し、身分証の場所も教えてもらえないと付け加えた。依都さんは初めてカーテンから目を離し、「白って、外の色だったんですね」と言った。
翌日、予約キャンセルのメールが届いた。
〈依都は体調が悪化したため、今後の支援を希望しません。本人の意思です〉
送信時刻は、依都さんの勤務中だった。