白字の靴
三日月セイラの横を、千眼獣の触手が素通りした。
《敵視値》
装備レアリティの合計値と同じ。
敵は最も敵視値の高い対象を攻撃します。
《初心者の革靴》
レアリティ:0
防御力:1
神話装備の攻略隊は、頭上に敵視値五百を輝かせている。千眼獣の目は宝石の光を追い、必殺技の使い手へ集中した。革靴だけを履いたセイラの表示は白い《0》。敵にとって、存在していないのと同じだった。
「背後の核を止めろ!」
隊長の声に、セイラは瓦礫を駆ける。武器も鎧もない。触手が偶然当たれば即死だが、狙われることはない。
核へ近づくほど、床には砕かれた低級装備が増えた。初心者の剣、布の帽子、木の指輪。過去の挑戦者は弱い装備を捨て、奥へ進むほど強く着替えたらしい。そのたび敵視値を上げ、自分から千眼獣へ位置を知らせていた。
核の前に、小さな目が一つある。セイラを見ても赤くならない。
停止ボタンを押す。反応なし。
《操作権限:敵視値0の者》
もう一度押すと、核が静かに止まった。千眼獣の触手が崩れ、無数の目が閉じる。
攻略隊が歓声を上げ、宝箱へ走る。だが千眼獣の身体から現れたのは財宝ではなく、低レベルプレイヤーを収容した避難室だった。希少装備の光へ怪物を引きつけ、その間に弱者を隠していたのだ。
セイラの革靴だけが、避難室の床と同じ白で光る。
《千眼獣機能停止》
《ダメージ貢献度:0》
避難室にいたのは、装備レベル不足で攻略隊から外された初心者たちだった。千眼獣は彼らを襲っていたのではない。高レア装備へ触手を向け、光の少ない者を身体の下へ隠していた。
セイラが革靴を脱ぐと、内側に《見つけてもらえない者のために》という製作者コメントが現れた。白字は価値がない印ではなく、敵の価値基準から外れるための色だった。
避難室の初心者たちは、最初にセイラの名を覚えた。装備欄ではなく、声で。そして白い靴跡を、次の避難者へ続く道標として床へ残した。
《避難室管理権限を付与――敵に見つからない者こそ、隠された人々へ到達できます》